第三十二話 便り
イセリが手紙を出してから3か月ほど経った。
返事は来ない。待っている間にさらに2通出した。でも来ない。
オーギュットはどうしているのだろう。
まだイセリはあまり外に出ない。
前に出た時、町の人にケンカを吹っかけられて、話をしているうちに大勢に囲まれて怖い思いをした事があった。大通りで、騒ぎを聞きつけたらしい父親と兄が駆け付けて、皆に謝りながら必死でイセリを助けてくれた。
イセリは怖くて泣いて、家族に謝った。
家族は怒って泣いて、それでもイセリを守ってくれた。
やっぱり、家族は味方なのだ。
迷惑をかけていることをイセリは深く実感した。
***
「ねぇ、私が悪かったんだね。・・・悪かったんだって、思うよ」
イセリは、妹を抱っこしながら、妹に聞いて貰う。
「イセリちゃ、悪かった?」
妹のケルネが尋ねる。
イセリは妹のケルネにすり寄る。
「うん。そうだね」
「よしよし、イセリちゃ、よしよし」
「ありがとう、ケルネ」
「ケルネもよしよし、して」
「うん」
イセリに撫でてもらって嬉しそうにする幼い妹に微笑みながら、イセリは思う。
私が、悪かったんだ。
でも、まだ、悪かったんだって事しか、よく分からない。
好きになった人に近づいて、好きになってもらって。それが悪かったという事が、どうしても分からない。
嫌がらせは、ユフィエル様は濡れ衣だったっていうのは、理解した。皆がそう言うのだから、もうそうなのだろう。ごめんなさい。
それは、謝った方が良いと、分かってる。でも、どうしても割り切れない。
謝る機会などないはずだけれど、機会があっても、どうしても心からは謝れないだろうとイセリは思う。
最近、宰相パスゼナの言葉を思い返して考えようとする。
『自分がユフィエル様の立場だったと想像して。お姫様で、オーギュットと婚約していて、両想いで。でも、身分が下の人に、王子様を取られてしまった』
イセリは、それでもやっぱり、仕方ないじゃないと、思ってしまう。
身分の下の人がオーギュットの前に現れて、オーギュットを奪おうとしたら。
イセリは戦う。
奪わせない。
それで、イセリが負けてしまって、オーギュットが新しい人にいってしまったら。
それは、もうどうしようも無い事だと。思うのだ。
***
ある日、父が、深刻な真面目な面持ちでイセリに告げた。
「いよいよ厳しくなる、イセリ、お前は王都を離れた方が良い」
「えっ」
オーギュットを想い続けるイセリは、この言葉に酷く驚いた。
「店は、根性で、やれるところまでやる。でも、イセリ、お前は王都から出ろ。お爺さんとお婆さんのところに行け。田舎だから、そこならまだ大丈夫だろう」
その言葉に、イセリは身が震えた。
イセリに意地悪しているのではない、イセリを案じての話だと、分かったけれど。
でも。
「私、オーギュット、さま、と、約束した・・・待ってなきゃ・・・」
イセリの震える言葉に、父は眉根を寄せた。
「でも、お前が大怪我したり・・・下手すれば死んだりすれば・・・意味が無い」
「でも」
「オーギュット様が来てくだされば、お前にも伝えるし、オーギュット様にもお伝えできる」
「イセリ。本当に、オーギュット様が迎えに来てくださると、思っているの?」
そう言ったのは、母だった。
「え?」
母は言った。
「・・・ねぇ、考えてみなさい。オーギュット様には、多くの人たちがいて、オーギュット様の事を考えて、助言なさるわ。オーギュット様が聡明なお方なら、そのお言葉をきちんと聞くと思うの。周りの人たちは、皆、イセリは止めなさいというに決まっているのよ」
どこかわずかに、咎めるような気配が混じっていた。
「え・・・」
母の言葉の厳しさに、イセリは言葉を失った。
それから、一拍置いて、悔しさが沸き上がってきた。
「でもっ! オーギュットが、オーギュットから、待っていてって、言ったの!」
「お前は少し黙ってなさい」
母親が気色ばむのを父親が抑えた。
「でもあなた・・・!」
「良いから。イセリ、とにかく、オーギュット様が迎えに来てくださろうが、止められようが、どちらにしてもだ。王都にいるのは危険すぎる。お前は、次期国王妃に、ケンカを吹っかけているんだぞ」




