第三十一話 店番と周囲
謝罪の日から3日後、父がイセリを店番に戻すことを決めた。
「真面目に働いて、皆さんに受け入れてもらうしかない」
初めから出ていた方が、まだマシだと判断したのだ。
「店の評判が落ちる、裏方で良いじゃないか」
と兄が反論したが、
「いつまでも隠れて生きるわけにはいかない。初めから出ていた方がまだ良い」
と父が答えた。
イセリは気分が乗らなかった。
家族にもさんざん言われたから、家にいること自体も居心地が悪かった。
それに、周囲の人もイセリに冷たいのではないか。そう思ったが、姉が鼻を鳴らして
「馬鹿。家の店に出られなくてアンタどこに出れると思ってんのよ」
と意地悪く言った。
言い方にムッとしたけれど、でもその通りなのかもしれない。
***
店は、普段と変わりなくお客様が訪れた。
あからさまにイセリをジロジロ見るお客もいたし、顔を歪めた人もいた。けれど、直接悪口を言う人はいない。
たまに
「大変だったね、イセリちゃん」
と声をかけてくれる馴染みの人はいた。イセリはほっとした。ちょっと慰められた。
こぼれた小さな笑みに、馴染みの人はじっとイセリを見て、なぜか分かったように頷いたりした。
「頑張りなよ」
7日経っても、それ以上の何かは起らなかった。日常に落ち着きが戻ってきた。
ただし、このまま一生この日々が続くだなんて、思わない。
***
イセリの家は質屋だ。
しかしそもそも成り立ちは、少し上質な品物を売る店だった。
だが、お客様の『10日間で買い取りに来る、もし無理だったらその時は店で売っても良い。だからこれを担保にお金を工面してほしい』といった要望がチラホラと出てきてそちらが主な商売になった店だ。つまり、販売する方の店もある。
イセリの父は目利きが優れていて、祖父母が店主だった時代に店を拡張したほど。祖父母は父の手腕に安心して、早い段階で父に店を譲り、祖母の故郷でのんびり仕送りで暮らしている。
評判が良くて、暮らしが維持できない貴族が、最後のとっておきのような品物を、この店にならと出してくる質屋だから、それを目当てに買いに来る貴族に近い人たちや使いの人もいるぐらいだった。そもそも、売れる当てがあるからこそ、没落中とはいえ貴族の品々を買い取ることもできるのだ。売れなければ、ただの見栄えのいいゴミ。
そんな店だから、貴族から情報をもらえる環境でもあった。
金額を有利に変えてくれるよう交渉するのに、情報を持ち込むお客がチラホラとした。勝手に話しておいてから、値段交渉をしてくる。
勿論、イセリから情報を尋ねる事は家族に厳しく禁止されているけれど、勝手に提供されてくる情報は貴重なものだった。
その人たちの話によると、オーギュットは謹慎になって、自室で、でも牢屋みたいに外に出てはいけない暮らしをしているらしい。
外に出てはいけない。国王陛下と宰相が許可した人物としか会えない。手紙もやり取りできない。学校も中止。公式の行事にも勿論出席できない。
事情通の人たちは軽い口調で話し、イセリの反応を楽しそうに見つめていた。
イセリは、無言でうなずいてみせることしかしなかったけれど。
オーギュット、大丈夫だろうか。
イセリは思う。
辛い思いをしているだろう。会えないのが辛い。
ダメ元で、手紙を送ろうとした。
書いているところを、姉に見つかって取り上げられて、ビリビリに破かれた。
イセリは泣いて詰ったけれど、姉も真っ赤な顔して泣いて怒った。
それでも諦められない。
励まし合うぐらいは、許してくれても良いと思うのに。
・・・届かなくても良い。届くかもしれないなら、書こう。
家族の前では書けないと判断して、イセリは家族の目を盗んで手紙を書いた。
配達屋さんに手紙を持ち込むと、宛先を確認されて、酷く難しい顔をされた。
「庶民が王宮になんて、届けられないよ」
「どうして、だって、場所は分かるでしょう?」
「じゃあ聞くけどね、イセリちゃん。王宮に行って誰に渡せば良いんだい。門番だって受け取ってくれないよ。何なら自分でやってみれば良い」
「・・・」
今のイセリには、店を離れる事が難しい。さすがに怖いからだ。
家族からも、厳しいながら、危ないから目の届くところにいなさい、と言い含められている。
受付の男性は呆れたように言った。
「恐れ多くもオーギュット様に手紙なんて。それに謹慎中だっていうし、届くわけない。諦めな」
「届かなくても良いから、お願い、出させてほしいの」
イセリの涙ぐむようすに、受付の人は「受け取るだけで、このあと捨てる、それで良いな」と言いながら、憮然と受け取ってくれた。




