第三十話 家族は
イセリは気持ちがついて来なかった。
そこまで悪い事をしただろうか?
嫌がらせは、オーギュットの元婚約者のユフィエルが命じた事では無いと、家族から言われたけれど、信じられない。そんな風に振る舞っているだけじゃ・・・?
そう思うのに、家族はそれぞれの情報網からの話をイセリに聞かせた。
「イセリ。良いか、許してもらえると思っちゃいけない。でも、謝らせてもらえるように行くしかない」
翌日に、父親は、イセリを連れてキキリュク家まで謝罪に行くことを決意した。
とはいえ、誰が連れて行くかで、相当もめた。
父親が処罰されては、店が立ち行かなくなる。兄は父ほど目利きができない。目利きの能力で言うと姉の方が優れていたが、姉はこの店を継ぐ気は無い。父が兄を育てながら家業を受け継いでいくのが理想だったのに。
弟は幼すぎ、妹はさらに幼い。
妹が幼いから、母は家に残るべきだと家族は考えた。
家族は、謝罪に行った場合、命を失うかもしれないと覚悟していた。
その様子に、イセリは酷く動揺した。
謝罪に命をかけさせるほど、自分は迷惑な事をしていたの・・・?
***
結局、父が連れていく事に落ち着いた。家長が行くほか無いからだ。
馬車でキキリュク家の近くまで行き、広大な敷地の門の一つで、じっと立って、話を通してくれそうな方々が話しかけてくれる機会を待つ。
じっと待つことで当然警備の者に用件は尋ねられる。それに答えて、ひたすら待つ。
数日間、何の反応も示されなかった。
謝罪に通うようになって5日目。
警備の者が父とイセリを追い払った。
「目障りだ、今後一切姿を見せるな。目に触れないところで勝手に生きていろ」
父親は何度も何度も深く膝を折って、警備の人がその場を去って建物の中に姿を消すまで、謝罪の姿勢を取っていた。
イセリは父親のために、同じような姿勢をとっていた。
帰り道の馬車で、無言の父は、一度だけ浮かんだらしい涙をグィと手の平で拭った。
空気が重くて、どうして良いのか分からない。
父の涙がどういったものか、イセリには聞く勇気が出なかった。
ただ、ひたすら、自分がいけなかったのだ、と、言い聞かせた。
でも、オーギュット。迎えに来てくれるんだよね?
イセリは、心の中でオーギュットに助けを求めていた。
***
謝罪は受け付けてもらえなかったと父は家族に報告した。
家族は沈痛な面持ちながら、どこかほっとしていた。
「寛大な処置に感謝だ・・・」
悔しそうに父は言った。
「だが、情けなくて仕方ない」
***
家族がイセリに刺々しい。
兄は言った。
「お前、普通に暮らせると思うな。もう絶対、常に頭を下げるようにしろ。少なくとも数年は大口開けて笑うような事、するな」
「・・・どうして?」
「・・・お前は、もう、『反省してます』って、周りに示して生きるしかないんだよ。俺ら家族もだ」
「・・・」
姉はイセリと口を聞いてくれなかった。
「フン」と鼻息をつきさえして、すぐそっぽを向いてしまう。時には酷く睨んできた。
弟は怒った。
「イセリお姉ちゃんのせいで、俺もイジメられるようになったんだぞ! どうしてだよ! せっかく良い学校行ったくせに! イセリお姉ちゃんなんかっ、大っ嫌いっ!」
ごめんね、と、イセリは謝るしかなかった。さすがに涙が零れた。
母は、イセリを見ると泣いた。
父は、それでも苦虫をかみつぶしたような顔でいながら、
「頑張るしかない」
と、イセリに、そして自分に言い聞かせた。
妹は、何も言わなかった。変わらず、静かにイセリを見ていた。まだ幼かったからだ。
***
イセリは、妹と二人だけの時に、妹に零した。
「ねぇ、でも、オーギュットが、王子様がね、私の事、大好きだって、愛してるって言ってくれたんだよ。待っていてって言ってくれたんだよ」
ボロリと涙が落ちていく様子に、幼い妹が、頭をヨシヨシと撫でてくれた。
「誤解だったのは、酷かったと思うよ。でも、でも、どうして私だけこんなに言われるの? 私だって嫌な思いしたよ。どうして? 好きになっちゃいけなかったの? でもどうしようもないじゃない」
***
好きになったのは仕方ないのよ。行動に移すかどうかを、皆考えるのよ。
ある日、母親が、イセリに言うわけでもなく、けれど、確かにイセリに向かっての言葉を呟いた。




