第二十八話 事実
宰相パスゼナが、イセリの青ざめた様子に、机の上に置いていた報告書を片手で取り上げた。
ペラリ、と内容をまた確認している。
「・・・イセリ=オーディオ。お前には、罰則などない。ただ、事実がある。お前の通学の許可を取り消す」
「えっ!?」
「当然だろう。相応しくないと判断した。・・・なぜお前が選ばれていたか、分かるか? それはお前が美しかったからだ。だが、周囲を害するならそれは子息令嬢たちに相応しくない。・・・お前は勘違いをしている。学校は、貴族の子息令嬢たちのためのもの。そこにどうして平民を加えていると思う」
「え・・・」
「全て貴族のためにだ。施政者たるもの、平民の感覚を傍で知っておく必要がある。加えて優秀ならば登用できる。直接人材の良し悪しを判断できる長期的な機会は、子息令嬢たちにはほとんどない。だが同じ生徒と言う環境で何かを育めたならば、他にない有能な人材になる。・・・だが、お前を望む貴族はいない。お前との雇用関係は、王家やキキリュク家との関係を悪化させるに他ならない。そんな者ならば通学させる必要などない」
宰相パスゼナが淡々と告げる。
イセリは言葉が出なかった。
嘘だと、思った。けれど、嘘でない事も、ひしひしと感じた。
過去に担任の先生から言われた言葉が脳裏に蘇る。『通学の権利は持っているのではない、あくまで与えられている。周囲の判断で、その権利は取り上げられる』
学校は、途中で止めさせられたくなかった。
だって、そうなったら・・・何も、残らない。
止めさせられたら、周囲からの、嘲笑が、イセリに向けられてしまう。
宰相パスゼナが眉を少ししかめて、首を傾げて尋ねた。
「・・・この状態で、なぜまだ通いたいと思うんだ。オーギュット様は謹慎される。お前の失態は今日多くの貴族が目にした。そもそも、お前は授業の成績も全く良くない。身についていないばかりか苦痛の様子だと報告にはある。まぁ、マナーやダンスなどは見込みはあるようだが。だが貴族社会に決して入る事のないお前には不要のものだ」
「・・・わ、私」
「・・・」
「私、オーギュット、さま、の、謹慎が終わるのを、待ちます!」
「・・・」
イセリが涙目で宣言するのを、宰相パスゼナがじっと温度を消した目で見つめていた。
「だって、待っていて欲しいって、言ってくれたもの! 約束したもの! だから・・・学校止めても、オーギュット、さま、なら、来てくれる! 私、待ちます!」
「・・・」
宰相パスゼナが、じっとイセリを見つめて、それから報告書に視線を落として、静かに言った。
「・・・待ちたいなら、勝手にするがいい」
私の話を聞く耳などお前は持っていないのだろうな、と、宰相パスゼナが独り言のように呟いた
***
イセリは退学になった。
家族にその事実を告げるための人が、イセリに一人つけられた。
まず学校に戻り教室に行くと、授業は終わっていたけれど何人かはまだそこにいて、イセリが泣きながらカギのついた引き出しから荷物全てを取り出すのをじっと見ていた。
アンヌちゃんとエネリくんは教室にはいなかった。
居なくて良かったと、イセリは思った。こんな情けない姿、見られたくない。
鞄を抱きかかえる。報告係の人と、家まで一緒に馬車に乗る事になった。
イセリはボロボロ泣いていた。馬車の中は無言だった。
家に着くと、両親が驚いてイセリを出迎えた。尋常では無い様子のイセリを母が抱きとめる。
報告係の人が、両親に事情を説明した。
「イセリ=オーディオは、身分をわきまえず身勝手な振る舞いが過ぎた。多くの者に迷惑をかけ、実質的にも多大な損害を与えた。本来なら、処罰対象になるところを、子どもだからという国王陛下のご温情で処分はない。ただし、罰則では無く、事実として、通学の許可は取り消しされた」
両親は驚いたが、頭を深々と下げて、じっと聞いていた。相手が貴族だったからだ。
父は、
「娘が大変迷惑をおかけしました。本当に本当に申し訳ありません。国王陛下のご温情に、感謝します」
などと言った。
まだグシャグシャに泣いているイセリは、母親が頭を下げさせようと押す手の力に負けて、自分も頭を下げた。
報告係の人は、その様子を見て帰っていった。
馬車の音が去ってから、両親はイセリに向かい、酷く心配しながら詳しい事を尋ねてきた。異変に気づいて、奥にいた兄弟たちも現れた。
イセリは母親にしがみつきながら、皆に心配される中、なんとか話した。
学校で、第二王子オーギュットと仲良くなって、両想いになったのに。婚約者がいたけど、今日、婚約解消って聞いてたのに。
私は、ダメだって。もう会ってはいけないって。
酷いことしたって言われたよ、学校ももう取り消しだって。もう会えない。
私、学校も、もう行っちゃいけないって。
そんな事って。
家族の顔が強張った。
あまりにもイセリが泣きじゃくるから、母は背中を優しく叩いてなぐさめた。
「可哀想に・・・」
どこか緊張感の漂う家族に囲まれて、まるで幼い子どものように泣き続けた。




