第二十五話 取り残される
「諦めなさい。良かったではありませんか。反省の機会が与えられて。せいぜいじっくり考えなさい」
「・・・っ! 私が、父上や兄上を恨んでも良いというのか!」
宰相パスゼナが面白そうに目を細めた。
「そうなるとお思いなのですか」
「・・・っ!」
オーギュットが、言い負かされている。
まるで子どものようだった。実際、年齢差から言っても子ども扱いされているのだ。
「さて。私も忙しい身なので、オーギュット様がご退出してくださらないのであれば、私たちが別室に行くまでです」
「・・・。イセリ」
宰相パスゼナの言葉に、我に返ったのか、オーギュットがソファーに座らされたまま、イセリを見た。
「うん」
イセリは不安の中で、返事をする。
オーギュットが、何かを言おうとして言葉を選ぶように表情を変えた。
「・・・すまない。守れなくて。待っていて欲しい。お願いだ」
「うん・・・」
頑張って、というのはおかしい。そもそも、どうして今こんな流れになっているのか、さっぱり分からない。不安と動揺だけが募っていく。
「では、オーギュット様。退出を。安心なさい、イセリ=オーディオ嬢を取って食おうなど思っておりません」
宰相パスゼナが本当に興味が無さそうにオーギュットに告げる。
オーギュットが促されて立ち上がった。後ろ髪を引かれるようにイセリを振り返りながらも、扉へと歩いていく。
「・・・オーギュット様。一つだけ、答えを教えてあげます。あなたは思った以上にお子様のご様子だ。私からのアメ玉だと思ってお受け取りください」
「・・・?」
扉が開かれて、オーギュットが通ろうとした時、宰相パスゼナが静かに声をかけた。
まるで、最後の贈り物のようだった。
「ユフィエル=キキリュク様は、本当に気を病んで療養されていた。・・・一時、声まで失っておられた。これは真実ですよ」
「・・・」
オーギュットが、悔しそうに、顔を歪めた。
その様子を、宰相パスゼナがじっと見ていた。
取り残された気分で、イセリの不安がますます高まる。
床を睨むようにしたオーギュットが顔を上げて宰相パスゼナを再び見て、ゆっくりと頷く。
それから、オーギュットはイセリを見た。
オーギュットが、泣きそうな顔でイセリに微笑んだ。
またね、と、言ってくれたような、優しい顔だった。
イセリは、必死で頷いた。
オーギュットが、退出する。扉が、パタンと閉じられた。
部屋には、宰相パスゼナ様と、取り残されたイセリ。
***
「さて」
宰相パスゼナが、イセリの前に位置するソファーに腰かけた。
「メイファ。飲み物を入れてくれ。彼女の分も」
「かしこまりました」
紅茶が用意されて、宰相パスゼナがイセリにも進め、自分も紅茶の香りを味わっている。
悪い人ではない様子だと、イセリは思った。おずおずと、紅茶のカップに手を伸ばし、ふと気づいて、マナーに気をつけて、口をつけた。
宰相パスゼナが、チラリとイセリを見た。きっと観察されている。
宰相パスゼナがテーブルに置いた書類を軽く取り上げててふと表面を撫でるように見てから、バサリと書類を戻す。それから、見せつけるように両手を組んだ。
「紅茶は口に合うだろうか?」
「・・・はい。おいしい、です」
「そう。それは良かった。味わって飲むと良いだろう」
「・・・はい。・・・?」
何かの意図が含まれた気がしたが、よく分からなかった。
「さて。・・・イセリ=オーディオ嬢。あなたについてだが、この報告書の内容を知らせる事になった。ひょっとして、それが罰則と思うかもしれないがね。とはいえ私たちにとっては、わざわざ褒美を与えるようなものだ。苦労してまとめあげたものを、あっさりと開示する事になるのだから」
「・・・」
愚痴のようだが、少し言っている意味が分からない。
カップを戻して、じっと宰相パスゼナを見つめる。
なぜか、宰相パスゼナはイセリへの興味を失ったように見えた。目から、好奇心のような光が消えたのだ。
宰相パスゼナは、鼻の付け根に手をやり、かけていた眼鏡をクィと押し上げた。
「・・・さっさとすませることにしよう。お互い、忙しい身の上だから」




