第二十三話 証拠となるもの
国王陛下、つまり今のイセリたちに近いところにいる貴族は、重臣なのかもしれない。
眼鏡をかけていて、いかにも頭が良さそうだった。記録係の人は他に傍にいるから、この人は記録係では無いとは分かった。
その人は、書類の束を掲げて皆に存在を知らせるようにした。
「過日の第二王子オーギュット様の発言やユフィエル様のご様子。これはその場にいた可能な限り多くの第三者の証言による記録です。証言者には教師も含まれます。そして、事実の確認も」
イセリは瞬いた。
動かぬ証拠が、あそこにある。
それは、イセリたちの方が正しいという証明のはずだ。
ならば、この人は味方なのかもしれない。
「先に、オーギュット様。イセリ嬢。あなた方は、人を病にするほどに中傷した。その事実が書かれた報告書だ。本来なら、この場の後に、あなた方に知らせる予定でした。だが、今、聞きたいですか?」
「・・・え・・・」
オーギュットが戸惑っている。
人を病にするほど中傷・・・?
「はい、お願いします」
己の無実を知っているイセリは、頷いた。
それが正しい報告書なら、自分たちが正しいと示すはずだ。よく分からない部分も、聞けば分かるだろう。
オーギュットが躊躇ったからか、その人は念を押すように、また尋ねてきた。
「事実は知った方が良い。けれど、知る時と場所は選ぶことができる。それでも今を選びますか?」
イセリは少し戸惑った。
後で聞いた方が良いと、アドバイスをしてくれているような雰囲気があった。
真面目で、そして公平そう。この人は信頼できそうだった。
イセリはオーギュットの様子を確認してドキリとした。彼の顔色が悪い。
どうして。不利だと思っているの?
不穏さを感じて、イセリは、目の前の貴族の提案を、信じることにした。
つまり、今聞くのではなく、知る時と場所を選ぶという事。
その意志を示すために、イセリは首を横に振った。
***
イセリたちに助け舟をくれたのは、宰相パスゼナ様だった。
国王陛下はイセリたちの会話の成り行きをみてから、この場の解散を改めて告げた。
オーギュットが項垂れていた。
イセリはオーギュットの傍にいて、支えるように腕をぎゅっと掴んでいた。大丈夫、と声をかけたいけれど、今は声をかけない方が良いと思える様子だ。
宰相パスゼナ様が、オーギュットとイセリを見て、「こちらへどうぞ」と別の部屋に案内してくれた。
どうして、オーギュットはこんなに沈んでいるんだろう。
イセリも不安になってくる。
通された小部屋で、イセリとオーギュットは、一人がけのソファーに座るようにそれぞれ案内された。
並んで座れなくて不安で不満だけれど、これが礼儀正しい姿なのかもしれない。
宰相パスゼナ様が、オーギュットの前に一礼をして、立ったまま書類をめくる。
「オーギュット様。まず、私をどう思っておられますか」
「・・・どう、とは?」
ペラリ、と上の方の紙を数枚めくって内容を確認しながら、パスゼナ様が言った。
「私の言葉は、オーギュット様のお耳に入る事ができるだろうか、という事ですよ」
「・・・嫌味な言い方を、しないでくれ」
オーギュットが呻くように答えた。
「・・・あなたは、いつだって、公明正大で、父上にも、意見をしてきた」
「お褒めに預かりまして」
「・・・よく言うよ。・・・それで?」
パスゼナ様は、嬉しそうにどこか見守るような暖かい目を一瞬だけオーギュットに向けた。
それから、イセリに目を遣って、その暖かさを一瞬で消した。
え?
イセリは不安になった。
「つまり、私は、国王陛下にも、王妃様にも、オーギュット様にも、加えてルドルフ様からも、任務において公平で冷静だと評価をいただいているという事ですよ」
それが・・・?
イセリは首を傾げた。
「つまり」
宰相パスゼナが、まるで見て分からせようとするかのように、書類の束を片手で持ってバラララッと風を起こし、まとまった書類を今度はパンパンともう片方の手に叩きつけてみせた。
「この書類は、その評価を受けるにふさわしい内容で、誰かに偏った内容であろうはずはない」
オーギュットが黙ったまま、深く息を吐いた。
「オーギュット様。あなたは、国王陛下に謹慎を言い渡されました。その理由はこちらにある。・・・けれど、私はあなたに期待もしている。この報告書は、あなたには見せないでおきましょう。・・・ゆっくりご自分で考えるべきです。冷静になりなさい。一つ一つ、思い出されるものを辿ってみなさい。・・・他者になる必要はない、けれど他者の視点は知っておく必要があると、私は以前からあなた様に助言してきました。それを、身に着けていただきたい」




