第十九話 輝き
「私、アキェンナ=オレイユと申します」
硬い表情で、とあるご令嬢がイセリに声をかけた。緊張している様子だ。
「イセリ=オーディオです。ごきげんよう」
授業でも教わり、加えて最近オーギュットのためにもと頑張りだした会話のマナーに沿って、イセリは返事をする。
「突然にお声がけいたしましたこと、ご容赦くださいませ。あなたにお尋ねしたことがございまして」
「はい。どのようなことでしょう?」
「・・・あの。あなた様は、わが国の第二王子オーギュット様と、婚約されるのでしょうか・・・?」
「お答えできず申し訳ございません。私は、何も・・・」
これで2人目なので、イセリは、オーギュットから指示されていた内容をそのまま答えた。魅了する笑顔で。
ご令嬢は、イセリの笑顔に一瞬ハッとなり、イセリに向かって恭しく頭を下げる。
「突然に申し訳ございませんでした。それでは、私はこれで・・・。健やかに過ごされますことを」
「ありがとうございます。あなたもどうぞお健やかに。アキェンナ=オレイユ様」
名前を呼ばれたご令嬢はわずかに身じろぎし、驚いた。
「有難うございます」
と答えて顔を上げてイセリの目を見たご令嬢は、わずかに頬が上気して、名前を呼ばれたことを喜んだようだった。
最近、イセリとオーギュットがあまりにも幸せに輝いているのだろう。その様子から、学校内で『結婚が認められたのでは』と周囲が推察しだした。
このご令嬢も、きっと周りに『聞いて来て』と言われたのだろう。イセリの前から去り少し離れた場所で期待したように待っているご令嬢たちの中に戻っていく。
婚約は、決まっていない。けれどそれは訪れる未来だ。
だが、まだオーギュットはユフィエル嬢との婚約を解消できていないのだ。
だから、情報を一切漏らしてはならない。オーギュットからも頼まれている。
最近、イセリは、自分の振る舞いに気を付けるようになった。それも周囲の推察の材料になったのかもしれない。
オーギュットの奥さんとして相応しいように、気品あるように。
笑顔、笑顔。
多くの人は、イセリが笑顔を見せると、一瞬驚いたように息を飲み顔を赤く染めた。
魅了する美。確かにイセリは、貴族にも通用するような顔と姿かたちをしている。最近、それを酷く自覚する。神様に感謝しなくっちゃ。
学校の成績は、今までもほどほど、むしろ知らない事ばかりで下に近かったけれど、オーギュットのアドバイスを受けて頑張りだした。
歴史とか数学とか、そういう知識のお勉強は、ほどほどのままで良い。
求められるのは、美しさ。形式美。つまり、マナー。食事、会話。それから、美の見せ場である、ダンス。
容姿に恵まれているイセリにとって、それらは身につきやすかった。
少し学ぶとすぐ身につけて形にしてみせるイセリに、教師までも魅了されたようで、大げさなほど褒め称えた。それは、周りがイセリに一目置きだした一因になっていると思う。
加えて、できれば、貴族の人名を覚えておくと良いよ、とオーギュットから言われたので、最近、貴族の人のフルネームと顔をしっかり覚えていくようにしている。
とはいえ、イセリは平民でありながら、嫌がらせという非常に濃い関係を貴族たちと持ってきた。だから、覚えやすかった。もし、イセリが平和に過ごしていれば、皆雲の上の存在で違いが分からず困っていたかもしれない。
ちなみに、先ほどのご令嬢は、あのグループの中では一番身分が下だ。だから嫌な役などを押し付けられやすくて、イセリのところにも使いに出されたのだ。
貴族とは、本当に、家柄だけがものをいう世界なのだ。
ちょっとため息をつきたくなるほど。
まさか、平民の私が、貴族の上位になるなんて、なんて、感慨深く思ってしまう。
***
「・・・イセリちゃん。オーギュット様と、別れたんじゃなかったの・・・?」
「アンヌちゃん・・・。久しぶり」
「うん・・・。あの、聞きにきたの。イセリちゃん、オーギュット様と結婚するの? ・・・できるの?」
平民仲間のアンヌちゃんが、移動中のイセリの袖をフっと引いて、尋ねてきた。
教室内では、イセリは最近様々な人と話している。貴族が多い。
だから、平民のアンヌちゃんはずっと機会をうかがっていたのかもしれない。
気付けば、傍に平民仲間のエネリくんも来ていて、この会話を気にしていた。
入学当初の平民仲間。アンヌちゃんと、エネリくん。そして、イセリ。
休憩時間はまだあった。
イセリは、空いた小部屋に目を留めて、二人を連れてはいった。
貴族様のために、自由に使える小部屋がところどころに並んでいる。