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第十八話 鏡

学校では、ちょっとしたパーティが開催されることがある。

とはいえ、ドレス着用なので、平民は参加などできない。


しかしこの度、イセリは、オーギュットからパーティ用だとドレスを贈ってもらった。

まだ手続き中で、貴族の養女にはなっていないのに、だ。


しかも、明らかに上質だと分かる生地だった。つややかで煌めいている。装飾も惜しみなく施されている。

イセリの家は質屋で、流れ流れて、密やかに貴族のドレスが店に入ってくることもある。当たり前だが、それらドレスとは比べられないほどに見事だった。


声が出せないでいるほど驚いているイセリに、オーギュットが

「遠慮しないで。学校のパーティは、これからの練習に丁度いいんだよ」

などと言った。

「きみに似合うかと勝手に作らせたけれど・・・気に入っただろうか?」

イセリは慌てて、コクコクと何度も何度も頷いた。

「これ、こんなにすごいドレス・・・! 本当に、私に?」

「あぁ」

イセリの驚き喜ぶ様子に、オーギュットも満足そうだ。


***


初めての私のドレス。

オーギュットが手配してくれた人たちに手伝ってもらってドレスを着こみ、髪もセットしてもらって、装飾品までつけてもらう。

鏡を見てイセリは高揚した。どこからみても本物の貴族令嬢だと思うほどの女性が、映っていた。

その後に現れたオーギュットが目を見張って一瞬で頬に赤みを差した程。

イセリは嬉しくて楽しくて笑う。オーギュットも上機嫌だった。


そのままダンスの練習をしてもらった。

上達が早いねと褒めてもらう。


「でも、ちょっと、苦しいね。ドレスって大変なんだね」


「・・・そうなのか。無理しないで、徐々に慣らしていけば良いよ」

「うん」


「でも、本当に良く似合ってる」


「有難う、オーギュット!」

「あぁ。どういたしまして」


「大好き!」

「・・・うん。私もだよ、イセリ」


***


ちょっとしたダンスレッスンの後、少し休んで、再び制服に戻る事にする。

ドレスを着たまま少し椅子に座っていたイセリは、ぼんやりと鏡で自分の姿を眺めた。疲れていたからか、なぜか、オーギュットの元婚約者ユフィエルの事を思い出した。


あの人の場所に、私が今、いるんだ・・・。

・・・今頃、あの人は何をしているんだろう。


妙な気分だった。


あの人は、この立場を守りたかったんだろうな、と、イセリは思った。

そう思うと、少し侘しい気分になる。

けれど、オーギュットの心があの人からは離れてしまったのは、どうしようも無い事だ。


一方で、イセリは不安に襲われた。

お姫様に、この立場を、奪われ返されたらどうしよう。


着替えが済んでからもどうしても気分を切り替える事が出来なくて、しょんぼりしているのをオーギュットに見抜かれた。


上手くやっていけるか自信が無くて、と曖昧に答えるイセリを、オーギュットが慌てた様子で慰めた。

「大丈夫だ。初めてドレスを着て、これだけ踊れたんだから。大丈夫、安心して」

あまりに一生懸命なので、そのうちイセリも安心できた。

ふっと微笑むと、オーギュットもほっとした笑顔を見せる。


オーギュットは、本当に私の事が好きなんだな、とイセリは実感した。

頬にチュッとキスを贈ると、オーギュットは一瞬驚いた後にイセリを捕まえて口づけをした。


***


『許す方が難しい時があるね』

オーギュットの言葉が、思い出される。


前にお姫様がいた場所に、私がいる。

でも、オーギュットの心は、私のところにある。


ユフィエル様。

本当に、毎日、酷い嫌がらせをされた。

でも。


ちょっと、なんだか、同情してしまう。


綺麗だけど冷たい人だったから、オーギュットに恋なんてしてなかったかもしれないけど。


でも。

・・・私は幸せになるから、お姫様も、許して、あげよう・・・。


***


「イセリ!」

学校のパーティで、夢のようなひと時を過ごした、翌々日。

オーギュットが喜びに上気させた顔で、イセリの元を訪れた。

彼にしてはまるで子どものように、急いでイセリの手を取り、人の少ない場所にイセリを連れ出す。


「来月、私とユフィエル嬢との婚約解消が正式に発表される事になった」

「え」

やっとなの、と、イセリが思っているうちに、オーギュットは嬉しくてたまらないらしく、ニコニコしてイセリに話す。

「それで、新しい婚約発表も予定されているらしい。是非、出席してくれ。大切な話になる」


オーギュットの目が喜びにキラキラ輝いていた。

イセリも、はっと胸を打つように驚いた。一瞬で、喜びが胸に満ちる。


障害など何もない未来が、すぐそこに待っている。

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