第十七話 再びの春
学校生活は、あっという間に快適になった。あまりに急で戸惑うほどだ。
お昼はオーギュットと食堂で食べるのが普通になった。
オーギュットの友達とも会話を交わすようになり、少しずつ、話す人たちが増えていく。
***
「あの、イセリ=オーディオさん」
ある時、貴族のご令嬢が三人揃って、イセリの元にやってきた。
一体何の用だろうとイセリが訝しんでいると、彼女たちはギュッと目を瞑り、顔を真っ赤に染めて勢いよく言い放った。
「わ、私たち、あなたにお詫びを言いに来ましたの!」
上履きを泥まみれにしたのだと言う。
勢いよく言いきり、どうだと言わんばかりの彼女たちをイセリは見た。涙目になっているがツンとアゴをあげていて、必要だから言ったのだ、というのが見てとれた。
こんな一方的な謝罪で許すほど、イセリは簡単ではない。
ただし、三人のうちの一人はどこかイセリを恐れていた。
「許して下さる?」
イセリはため息をつき、内心嫌々ながらも「はい」と答えた。
イセリがどれだけ傷ついたか考えてもいない、ただの保身のための謝罪なのは明らかだった。
オーギュットの非難がなければ、絶対に謝罪などしなかっただろう。
とはいえ、彼女たちに、本当の反省を促すのはとても無理。オーギュットの言葉は聞いても、イセリの言葉になど耳を貸さないだろうと様子で察せられたから。
イセリの「はい」という言葉を引き出せた彼女たちは、安堵してすぐに立ち去っていった。その後姿に、イセリは嫌気を覚えた。心の伴っていない謝罪って、しないほうがマシだと思ったぐらいだ。
イセリは首を横に振った。忘れよう。
ただ、私は、あの人たちみたいになりたくない。
***
保身からくる謝罪が何度かつづいて、イセリがつい物憂げになっていると、授業の合間の休憩時間で会っていたオーギュットが気がついて、イセリの頭を撫でながら、苦笑した。
「・・・そういうものだよ。そういう者が多い。許すのは難しいね」
オーギュットは王子様だから、いろいろ苦労をしたのだろうか。
「オーギュットも、大変だった?」
そう言うと、オーギュットは可笑しそうに優しく目を細めた。
「どうかな」
まぁ、良いか。
たったそれだけの会話だけで楽しくなる。
イセリが笑むのでオーギュットも楽しそうに笑う。
オーギュットと一緒にいることができて、嫌がらせも止んで。学校も穏やかに過ごせるようになった。
この幸せをちゃんと掴んでいたい。
***
「イセリ。・・・少し辺境の地ではあるけれど、スツェン家という貴族がある。娘を欲しがっている。そこの養女に、ならないか」
ある日、イセリは、オーギュットから、提案を受けた。
「・・・どうして?」
突然の話で、きょとんとしてしまったイセリに、オーギュットは真剣に言った。
「・・・私は王子だ。イセリ、きみが平民の身分だと・・・結婚が、認められないんだ」
「え」
イセリは説明に胸を高鳴らせた。
結婚って。
オーギュットは、本当に真剣にイセリとの事を考えてくれているのだ。
「・・・イセリ。先に、謝っておかなければならない」
「え、なに・・・?」
オーギュットは、辛そうに頭を垂れた。
「・・・ユフィエル=キキリュク嬢との婚約は、まだ解消に至っていないんだ。キキリュク家が難色を示していて、時間がかかっている。・・・だから、今、きみに将来を約束する事が、私にはできない」
無言になったイセリの目を、オーギュットが見つめる。
「けれど。準備はしておきたい。・・・きみも、真剣に考えていてくれるだろう。協力してくれる人がいる。その人の・・・つまり貴族の家の養女になることで、王家に嫁ぐ方法があるんだ」
オーギュットはそこで言葉を切り、イセリの反応をじっと見つめてきた。
「・・・う、ん。分かった。でも、良いのかな」
突然の話で戸惑うイセリに、オーギュットが頷く。
「大丈夫だ。任せてくれればいい」
「うん」
頷いたイセリを、オーギュットが抱きしめてきた。
ぎゅっと力を入れて、オーギュットがイセリの耳元で囁く。
「きみは、『魅了する美を持つ者』と評価されている人だ。大丈夫。すぐに馴染めるよ。マナーやダンスも、難しいものじゃない。私もフォローができるから。安心してほしい」
「うん。私、頑張るね」
「あぁ」




