第十二話 お話
イセリは、大勢が見ている中で、オーギュットに手を引っ張られ、あの王族専用の部屋に連れて行かれた。
部屋に入る前に、人気がなくなった時点ですでにイセリはボロボロ泣いていた。
オーギュットはイセリの様子を酷く気にしながらも、扉を急いで開けてイセリを中に促した。
動きの遅いイセリに焦るように、オーギュットはまた手を引いてソファーに座らせると、自分もその隣に座り、涙の止まらなくなったイセリの肩を抱き寄せた。
オーギュットはイセリをどうして良いのか躊躇うのか、無言だった。
イセリは話す余裕はとても無かった。涙がオーギュットの服に染み込んでいく。気を付けようとしたが、ギュッと抱きしめらる。
やっとイセリの涙が落ち着いてきて、イセリの方からオーギュットから離れた。
オーギュットが深刻な顔をしていて、ハンカチでイセリの涙をぬぐう。それでいながら、話しかけることができない様子だった。
落ち着いてきたイセリは、ハンカチで涙を拭きとってくれるオーギュットの手に手を添えることで止めてから、
「ありがとう」
と少し笑って見せた。
「イセリ・・・」
「オーギュット、あの、っと、あの、ね」
「あぁ」
「・・・ごめん、ね、あの、ごめん、もう、オーギュットのこと、好きでいるの、私、止める」
オーギュットが息を飲んだ。
「なぜ、」
オーギュットが尋ねるのを遮るように、イセリは必死で話した。さもなければ、自分は、絶対、オーギュットから離れられない。大好きなのだから。
「わたし、平民で、無料通学の、奨学生で、ほら、身分が、釣り合わない、でしょ? だから、あの、もう、ダメだって、思って、」
「な」
「オーギュット、王子様だし、本当なら、こんな風に、話したりもできない、人だよね、私、でも、」
「、イセリ!」
怒った声に驚いてイセリはオーギュットの顔を見た。
言葉が止まったイセリの代わりに、オーギュットが早口になる。
「なぜ。どうしてそんな事を。身分の事は、初めから分かっていただろう。分かっていて・・・」
オーギュットが言い聞かせるようにそれでいて早口で告げる。
「きみは、他の誰とも違う。飾らないでいる。皆が容易に距離を作る、けれどきみだけは、まるで女神のように軽やかに私の元に現れるんだ。私を信頼している、利用など考えついてもいない。きみはただ私に会うだけで心からの笑顔を向ける。驚くことばかりで・・・目が、離せない。まるで、違う世界に来た気分さえするんだ。これが本当の場所なのだと。きみがいるだけで、明るくて、輝くように思う。・・・きっと、他の誰であってもこうはならない。昔からの馴染みのように・・・だが誰とも同じでない。特別なんだ」
オーギュットは、一度、苦しむように目を瞑り眉をしかめた。そして開いた瞳でイセリを見た。決意したように。
「・・・言葉を、並べても空虚だ。イセリ、私は、きみが好きなんだ。愛している」
イセリは目を見張った。
愛している。そう言ってくれた。
愛している。
でも、待って。
言葉を並べても、空虚、だなんて、彼は言った。どういう意味? 空虚?
嘘なの?
「きみも、私の事を、同じように思ってくれているだろう?」
切羽詰まった切ない顔をしたオーギュットが、イセリに頼み込むように真っ直ぐ見つめている。
イセリは動揺した。
力強くオーギュットを信じる勇気が、今、持てない。
答えを待つオーギュットに、イセリは口を開いた。
「あ、あの、私は」
「私の事を、イセリも、好きでいてくれているだろう」
断定する口調だった。
それは全くその通りで、イセリは否定する事ができない。オーギュットはそれを見抜いた。
「・・・私を好きでいてくれるなら、離れて行かないで。ごめん、身分で悩ませていて・・・。それは、私が何とかする。絶対に、何とかしてみせる、約束する」
本当に?
でも、もう、イセリの限界は超えていた。
イセリが言葉に詰まる。涙腺が緩まっているせいで、涙がまたこみ上げてきた。
「・・・教室での、机と椅子の様子は、私の耳にも入っている。・・・あまりにも酷い。こちらで色々調査もしているから・・・お願いだ、もう数日だけで良い、待って」