第十一話 立場の違い
そのままうたた寝をしていたら、焦ったように探し回っていたらしい担任に発見され、医務室へ連れて行かれた。
医務官と担任とを前に、イセリは質問を受けた。
自ら何があったかを言う気が、イセリからは失せていたが、質問には、はい、とか、いいえ、で、答えられた。
担任たちの顔色は悪かった。そして、最後にこう尋ねた。
「きみは、このまま、学校を続けたいか?」
とっさに答えられなくて、イセリはじっと担任を見た。
担任の教師は眉根を寄せて、
「いいか、よく聞きなさい」
と告げた。イセリの両肩に、教師の手が乗る。暖かい。
「イセリ=オーディオ。きみは、平民だ。無料通学の権利が与えられて、今、きみはこの学校の生徒だ」
その通りで、イセリはコクリと頷いた。
「きみは、第二王子オーギュット様と、親しくなりすぎている。あの方の婚約者はユフィエル=キキリュク様で有力な貴族だ。きみはそんな人を酷くないがしろにしている。その事をどう思っている?」
「あの方たちは、私たちとは絶対的に違う。持って生まれた責任が違うからだ。あの方たちの一挙一動が国を動かす。多くの民を束ねる。良いか、あの方たちの一言で、大勢の人間の生き方が変わる。それは、きみにだって、分かるだろう」
「そんな人たちを、きみは侮辱しているんだ。恋愛感情を抱いたのは構わない。身分に関わりなく訪れる事が多いのだから。けれど、国を壊そうとするな。王子を支える事ができるのは、貴族しかいない。王子を生涯大勢でサポートできるような、超一流の貴族だけがな」
「きみは、ただ自分の思うまま動いている。国の基盤を揺るがすようなことを。だから、行いが、跳ね返ってくる」
教師は尋ねた。
「きみは、何を求めて学校に通っている? 良いか。きみは平民だ。通学の権利は、持っているのではなく、あくまで、与えられている。何が言いたいか分かるか? つまり、周囲の判断で、その権利は取り上げられるということだ」
えっ、とイセリはわずかに目を見開いた。
気づいていなかった。
けれど。その通りだ。
「私も貴族だ。地位は低いけれどな。きみの行動は畏れ多すぎる。・・・だが、きみは私の生徒だ。広くを学び輝かしい道を歩んでもらいたいと真実思っている。・・・これは私からの、きみを思っての忠告だ。この学校に通える事は大変な名誉だ。学べるものも大きい。何より、平民でも、この学校で才能を伸ばせば能力を買われて職場にありつけることが多い。貴族からの指名や引き抜きを受けるからだ。・・・もしこの学校に通いたいなら、この機会を守りたいなら、速やかに第二王子オーギュット様とは適切な距離を取れ。自分が、場を乱している事を自覚し、反省し、慎ましく生きなさい」
茫然とした。
教師は少し同情するように、悲しそうな顔をした。
「・・・身分違いの恋など、忘れろ。それは夢でしかない」
どうしてだか、自分の事のように痛そうな顔をしている教師の表情に、イセリは、ひょっとして先生も身分違いで悩んだのだろうか、と、ぼんやりと思った。
イセリは、コクリ、と頷いた。
それしかできなかった。
学校は、続けよう。
せめて。3年間。定められた期間は全うしたい。
だって、その事実しか、自分には残らないかもしれないのだから。
***
イセリは我慢する事にした。
姿を見かけても、積極的に動いたりしない。
俯いて足早にその場を去るようにした。
「あら、身の程を知るようになったのかしら」
クスクスと笑われるけれど、我慢しよう。
時折、教師の『何を求めて学校に通っている?』という質問が頭の中に何度も浮かんだ。
私は何を求めていただろう。
無料通学の枠を獲得できた時、自分はあんなに嬉しくて、期待したのに。
上級の暮らしが体験できる、素敵な暮らしができる、学校で知らないたくさんの事も教えてもらえる、お友達もたくさんできる・・・。恋だってするかも。
・・・恋は、してる。
イセリはクスリと一人笑う。上質の暮らしは、体験してるかも。上質の暮らしの中にはいろいろあるのも分かったけれど。煌びやかな中で、酷く残酷な世界が広がっていた事も。
すっかり参っているイセリは泣きそうになって、口を引き結んだ。
でも、やっぱり、恋できて良かった。
オーギュットは、私の事を好きになってくれた。
・・・それをいい思い出に、するしか、ない。
「・・・イセリ! イセリ!」
ハッとその声に顔を上げると、切羽詰まったようなオーギュットが足早に自分の元に来るところだった。
瞬間、甘く嬉しい気持ちが沸き上がったが、いつものように足は動かなかった。自分は立ち止ったまま。
「・・・何かあったんだろう、誰に何を言われた、言って!」




