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第一話 出会い

運命的な出会いだった。

美しい花が咲き乱れ、穏やかな風が花びらを運ぶ。


そんな中で、慣れないヒールの高い靴をはいていたイセリはバランスを崩して転んでしまった。

その拍子に、鞄から持ち物が飛び出してあたりに散乱した。

慌てて拾うが、小物までバラバラ飛び出していて時間がかかる。


イセリの傍を、クスクスと笑いながら通っていく人たち。イセリは恥ずかしさと悔しさで顔を赤くした。


貴族様は、平民に手なんか貸してくれない。なんてケチなんだろう。

この靴だって歩きにくい。


王都の貴族学校に通うのは平民の憧れだ。毎年9人に無料通学の枠が提供される。

応募者は多く、『何らかの突出したものを持つ者』がその中から選ばれる。

イセリは幸運にもその枠を獲得できた。

『魅了する美を持つ者』という評価があった。

貴族に認められるほど、イセリは外見に恵まれていた。

実家は質屋だ。イセリが店に立っている事で、店の評判も雰囲気も良いとよく褒められる。


皆、平等なのに、平等じゃない、とイセリは思う。

助け合うのが人同士だと思う。実家の商売はそれを信条としている。

転んでいるものがいたら荷を拾い、手を差し出す事をなぜしないのだろう。

「あの子平民ですわね。かわいそうに。靴に慣れていないのでしょう。毎年の光景ですわ」

貴族様の態度に苛立ちを覚えながら、入学初日の失敗にイセリは全ての荷物を拾い上げ、一人で立ち上がった。


学校には、勉強に行くのよ、イセリ。貴族様と気が合わなくても仕方ないわ。

己をそう宥めた時に、声がかけられた。

「・・・キミ、大丈夫か?」

「え?」


見ると、沢山の花の咲く木々を背景に、見目麗しいこの国の王子の一人・・・オーギュット様が、あろうことか自分を心配そうにじっと見ていた。

傍に、美しい令嬢もいる。令嬢の方は、イセリを嫌なものを見るような様子で、オーギュット様が自分に声をかけたのを良く思っていないようだった。


「あ、大丈夫です。有難うございます」

イセリがそう返すと、王子様は驚いたような顔をした。

気のせいか、周りも驚いたように自分を見つめている。

何かしただろうか? お礼を言っただけなのだけど。それとも、王子様だから返事をしてはいけなかったのだろうか? いや、そんなまさか。


「なんて口を」

なんて周囲からヒソヒソと聞こえる。

お礼を言っただけでしょう? 一体何?


「あなたは、奨学生ですか?」

王子様が穏やかな笑顔で尋ねてきた。

「はい。ヒールになれなくて、転んでしまっただけです」


周りのヒソヒソは、無視だ無視。だって意味が分からない。


「そう。普段は、ヒールのない靴を履いているんだ?」

「えぇ。平民ですから。動きやすいのを履きますよ。あ、王子様のはいておられるみたいな靴です」

イセリがそう言うと、傍で黙って聞いていた令嬢が目を丸くして、何か言いたそうにした。それを王子様が「良いよ」と優しく止めた。

王子様って素敵だなぁ、とイセリは思った。こんな風に話せるのも、入学できたから。神様に感謝!


「では、色々、不慣れな事もあるかも。・・・申し遅れたが、私はオーギュット=チューナー。国の第二王子です。何か学校で困ったことがあったら、相談にのるから、どうぞお気軽に。学校では身分より友情関係を築きたいからね。どうぞ宜しく・・・失礼だが、あなたのお名前は?」

「あ、私は、イセリ=オーディオです。どうぞよろしくお願いいたします!」

「うん。よろしくね、イセリ嬢」


イセリ嬢、などと呼ばれてイセリは頬を赤く染めた。そんな風に呼ばれた事、今まで生きてきた中で一度も無い。しかも呼んだのはこの国の王子様だ。胸が高鳴ってしまうのは自然な事だ。


「それから、紹介しよう。こちらは、ユフィエル=キキリュク嬢だよ。私の婚約者だ」

「初めまして。ユフィエル=キキリュクと申します。以後お見知りおきを」

ご令嬢は、ふわりとお辞儀をしてくれた。イセリは見とれた。絵にかいたようなお姫様だ。

王子様とお似合いだなぁ、と自然と思ってから、ちょっぴり悔しくなった。

良いなぁ、お姫様は。

「よろしくお願いします」

ペコリとイセリも頭を下げた。とてもお姫様のような礼はできないから、実家のお店でお客様にしているいつもの礼になってしまうのだけれど。


顔を上げると、お姫様はどこか冷たい顔をしていて、その横で王子様はニコニコとしていた。

お似合いだけど、お似合いじゃない、とイセリは思った。

お姫様もニコニコだったらいいのに。


「・・・イセリ嬢。頭に花びらがついていますよ」

王子様が注意をくれる。

「え?」

イセリが慌てて頭を両手で払うが、とれないらしい。

王子様はもどかしそうにイセリを見て、どこか困ったようにお姫様を見た。

「・・・ユフィー。彼女の頭の花びらを、払っても構わない? 取れなさそうだ」

「・・・」

お姫様は答えを渋ってから、

「あの、では私が、払って差し上げても?」

と言った。

王子様がまた困って、お姫様に言った。

「・・・ユフィーのドレスが汚れてしまいそうだから、私の方が良いと思うよ」

「・・・はい」


イセリは自分の服の様子を見た。確かに、支給された制服には、転んだ時の土や汚れがついていた。

お姫様のドレスはフワフワ広がっているから、確かに自分に近づいたらそのフワフワドレスに汚れがついてしまいそう。


自分の服の様子をチェックしていたら、傍に王子様が近づいていた。

「失礼」

そっと、触れないように注意しながら、王子様が花びらを取ってくれた。間近で見る王子様の笑顔にイセリの胸はときめいた。

やっぱり、王子様は王子様、なんて思ってしまう。


「・・・制服の代えは、持っておられますか?」

お姫様が、控えめに声をかけてきた。ちょっと冷たい声に、思えてしまう。表情がとても硬いからだ。

イセリはニッコリ笑いかけた。ほら、笑った方が、良いと思う、なんて気持ちを込めて。

「大丈夫です! これぐらい、払ったらすぐとれちゃいますし!」

「・・・お袖が・・・」

「あ。本当だ、ここは水で落とせば、大丈夫」


お姫様だから、泥の落とし方もよく分からないのかもしれない。水場で洗い落として、タオルで水気をとっておけばそのうち乾く程度だ。今日は良い天気だし。


「あなたは明るい人ですね」

王子様がどこか眩しそうに笑ってくれるので、イセリは嬉しくなった。

「ありがとうございます! それが取り柄です」

「そう」

王子様がくすくすと可笑しそうに笑う。その姿も素敵だった。


「・・・オーギュット様。そろそろ、向かいませんと」

「あぁ、本当だね。じゃあまた学校で、イセリ嬢。本当に、何かあったら私を頼ってくれて良いよ。良い学校生活をあなたが送られますように。・・・では行こうか、ユフィー」

「はい」


王子様がお姫様に手を差し出して、この学校の広い庭園を校舎に向かって再び歩き出すのを、イセリは夢見るようにボゥっと見ていた。

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