荘厳なる少女マグロ と 運動会
"マグロ":
「六回転なんて…」
そう言って、
"マグロ" は
遠くを
見ようとした……――
逃げるかの様に。
その視線の動きは、
地平を臨む
未来への憧憬
では
――決して
ない。
ただ
その時、
"マグロ" が
<六回転なんか無理だから>
と
諦念を
断定的に
公言
しなかった点を
見過ごすべきでは
ない。
本当は――
"マグロ":
《六回転、
もしかしたら
イケるかも………》
と
――練習中に
――何度も
五回転SJ [スピンジャンプ] を
跳びながら
――転びながら……
思っていた――
その事を
思い出したのだ。
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因みに、
"マグロ" は
FJ [フォーロールジャンプ]
と
BJ [バックロールジャンプ]
の練習に
力を入れて
いなかった。
それは
"コーチ" の教育方針が
影響していた
と云えるだろう。
"マグロ" の教わっていた
"コーチ" その人が
現役の頃、
”重力スケート”
という競技の
ジャンプ要素に
FJとBJは
――未だ
加わって
いなかった。
"コーチ" は
SJ [スピンジャンプ]
のアドバイスこそ
――自信を持って
行う事は
出来た。
最高級の身体能力
を持たずとも、
一応
<経験者>
であるから。
[といっても
その
――SJに対する
<アドバイス内容>
を分析すれば、
ほとんどが
「ジャンプの時に
両腕を
胸に
引き寄せる方法
や
そのタイミング」
「踏込の正確さ」
(それも…
人工知能の解析結果を
ただ
言い直しただけ……)
に関してであって――
「どう
そうするのか?」
という具体的な部分を問われると
<選手の自主性>
に委ねる傾向にあったのだが………]
しかし、
FJとBJに関しては
そうではなかった。
コーチという職業柄、
経験のない
FJやBJに関する
<アドバイス>
を与える機会は
多かった。
ただ……――
教える時、
どこか
<自信のなさ>
が表れていた事は
否めない。
そして…――話題を避けがちである事。
勿論、
教え子は皆
教育者に
黙従するだけだから、
事実に気づく者は
少なかった。
そして
生徒達は
――具体的なアドバイスなどなくとも
やるべき事がわかっているのだから、
ただ
やるべき事をやるだけで良かった。
それでも
FJやBJに苦手意識を持つ
"コーチ" の下、
SJを重視して組まれた
練習プログラムに従う生徒達が
――FJやBJで
最大限の力を発揮する様な事は
ない。
"マグロ" も
――影響され
――FJやBJでは
二回転が
せいぜい
というレベルで
止まっていた――
出来ないコーチに、
レベルを
合わせて。
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"マグロ" は
――練習時に
SJ [スピンジャンプ] 五回転
の
”最後のターン”
を回りながら
着石するまで、
大勢にとっては一瞬でありながら
選手にとっては密に情報が詰まった時間に
――何度も
<余裕>
を覚えていた。
《これ
あとちょっと
回るだけかも……》
つい――忘れていた事。
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"マグロ" の耳に――
"?":
「無理じゃない!」
否定が届いた。
"?":
「[六回転ジャンプを跳ぶのは] 無理なんかじゃない!!」
力強かった。
"マグロ":
《無理――じゃ………ない?》
その時、
"コーチ" から与えられた
<アドバイス>
の言葉が、
"マグロ" の記憶の中
――強く
呼び覚まされる。
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"コーチ":
『あんたには無理!!!』
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