荘厳なる少女マグロ と 運動会
"マグロ" は考えていた。
目の前の子ども ["?"] は、
["マグロ"] 自身が習っている
"コーチ" と敵対する
コーチに
師事している。
襟の
サインが
それを
示している。
故に…――
<敵>。
《その筈……》
しかし………
――どこか……
そう断定できない
部分が在った。
"マグロ" の沈黙に対して…――
"?":
「本当に――ダイジョブですか?」
「die」
「job」
と、
英語の様な
響きだった。
信頼した訳ではなかったが、
実際に
体調を心配する言葉を
投げかけられ、
"マグロ" は
相手を
<敵>
と見做す事を
――さらに
控えた。
そして
――代わりに
"マグロ" は考え始めた……――
"マグロ":
《四回転………?》
”常識”
と呼ばれる、
在る者にとって都合の良い
在る者にとっては不合理なルール
それに照らすと
ノービスクラスにとっての
<四回転>
とは、
FJ [フォ―ロールジャンプ]
や
BJ [バックロールジャンプ]
ではなく、
<SJ [スピンジャンプ] のそれ>
を意味するのだろう。
"マグロ" も
その時、
その意味で
理解していた。
実際
その日、
"マグロ" は
<プログラム・クール>
のSJ [スピンジャンプ] に
四回転を
盛り込んでいた。
アクセルこそ、
高確率で成功する程の
”安定”
はないが、
他の四回転は
苦労せずに
跳ぶ事が
出来た。
そんな……――
"マグロ":
「四回転?」
"マグロ" は
――我知らず…
思った事を
口にしていた。
相手が
四回転SJ [スピンジャンプ] の種類でも
尋ねているのか、
確認しようとしていた。
すると――
"?":
「そう。
君の
――去年の
演技から
コーサツ [考察] すると――
君は
去年
BJ [バックロールジャンプ] の
<二回転>
を
ラクショー [楽勝] で
こなしてたし……――
去年、
もう
<練習では [BJかFJで] 三回転が出来るんだろう>
って
見えてたから――
それに
足のバネの伸び率が、
成功してても不思議はない
って言ってたし――
去年の軌道スピードと
モメンタムを計算して、
それから
今年の可能性を計算したら
――ボクの計算によると………
今年、
君が
BJか
FJで
<四回転>
を
やってくる可能性が
十分にある
筈なんだ……――
違う?」
"マグロ" は答えなかった。
どう答えて良いか
わからなかった。
すると――
"?":
「あ、もしかして
スピンの
<六回転>
にしました?――
そっちも
ありうる
とは思っていたんですけど…。
僕の計算では……
FJ [フォーロールジャンプ] の方が
――簡単に
ナンド [難度] を上げられてるだろう
ってなっていたんだけど………。
違います?」
"?" は真顔だった。
"マグロ":
「六回転なんて……」
"マグロ" は、そう――口にしていた。
そこに――謙虚さはなかった。
認識の吐露が在った。
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FJ [フォーロール] や BJ [バックロール] の
<四回転>
や
SJ [スピンジャンプ] の
<六回転>
は
シニアクラスでも、
運動能力がトップの選手しか
為す事の出来ない
技だ。
そして出来ないからこそ…――
多くは
<芸術点>
へと
逃げるのだ。
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お花畑の様な、
朗らかな場所。
そこには
巨木が
存在しない。
「景観を損ねる」
という理由で、
伸びれば
切られてしまうのだ。
向日葵は――向日葵畑に植え替えられ、
彼岸花は――川岸へ押しやられる。
同じ背の高さ。
「……レ・ジュージェ――レ・ブーロー………」。
そして
視界を遮る物が何もない
空以外のすべてが
平らに広がる世界で、
こじんまりとした花が
――色とりどり
咲き乱れる。
「ドギツイ」
――色は
そこに
ない。
多くは――暖色。
人を不愉快にさせない、
お花畑に遊びに来る
幼児の目線より
下に置かれた
花達。
背の高いものは
<百合>
の様に、
首を折る。
そして
人は
それを見て
満足
する。
溜飲が下がるのだ。
元気をもらうのだ。
下劣な少女は
手近なもので花輪を作り、
小さなそれを被って――
王女様気分。
枯れて
老いても
錯覚したまま。
そして
同じ場所から動かずに
こう言うのだ…――
「すべて茎は緑です!
みんな同じ緑色!!」
対し、
荘厳なる少女は
<美しき花>
を一本
摘む為に
戦いの旅に
出る。
うつくしきものに
手向ける
為に。
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