荘厳なる少女マグロ と 運動会
"マグロ" は
上がる息を整えようと
<シュヴィメン場>
に設置された
椅子に座った。
汗をすこし拭いた。
<公式練習>
を終えた者も
――未だの者も
泳いでいた。
見つめる "マグロ" は
――少し
焦燥に駆られた。
それでも
動かなかった。
身体に発生した熱は
――緩やかに減少を続けながらも
持続していた。
"マグロ" は時計を見た。
"マグロ" の為に設けられた
<公式練習>
の時間には、
まだ時間があった。
"マグロ" に割り当てられた
<公式練習>
の時間は
全体の中でも
”最終グループ”
に当たり、
"マグロ" の
その日の予定は――
<公式練習>
が終わるや否や
すぐに
<キテイ>
に入る
――という事に
なっている。
―――――――――――――――――――――――――
そう考えると
"マグロ" は
明らかに
<アップ>
を始めるには、
早過ぎた。
もう少し年を経れば
<ピーキング>
という考えを理解するのだが、
"マグロ" は
――その時
――まだ
幼かった。
―――――――――――――――――――――――――
"マグロ" の目に映るモノ。
多くの競争者が
泳ぐ姿。
水無き水槽の中を
魚の様に泳ぐ者は
いなかった。
大勢は
足の生えた
”オタマジャクシ”
の様だった。
古代社会
――清潔偏重時代
では忌み嫌われていた様だが、
食糧不足が訪れた際に
――鴉と共に
安価で
高プロテイン食材として
市民の食卓に上がる様になった
<食用蛙>
となる為に
養殖場で
――鈍く
泳ぐ
そんな稚子達。
その中に、
前シーズン、
ノービスクラスの表彰台を
"マグロ" と競い合った
少女がいた。
"マグロ" と
目が会った。
目を逸らした。
その少女の身体の動きに
”キレ”
が在る様に
――"マグロ" には
見えた。
"マグロ" は
その顔に
<不敵な笑みがある>
様に、錯覚した。
実力から言うと
――そして
――将来の結果から鑑みると
――"マグロ" がミスしない限り…
その子は
"マグロ" の相手
では
なかった。
それでも……――
"マグロ" は、
座っていても滲む汗
の引かぬ内に
《………まだ時間があるから――》
また
《――<シュヴィメン>
に戻ろう……》
と
腰を浮かせかけた。
怠さが
一向に改善されていない
にも関わらず。
その時だった。
背後で、声がした。
"?":
「…調子――あまり良くなさそうですね……」
イントネーションが、
変わった響きであった。
明らかに
普通では
なかった。
"マグロ" は
自身に
言葉が掛けられたのだ
とは
思わなかった。
―――――――――――――――――――――――――
試合場で
――”同じ練習場に通っている”
――という条件でもない限り
滅多に
選手同士は
話を
しない。
競争者なのだ。
多くは
話しかけずに
心理戦を
行うものだ。
実力が満たない者は、
実力以外の刺激を使って
実力のある者を
潰そうとする。
そして
その
自身の行為を
「悪い」
等と思う
筈がない。
―――――――――――――――――――――――――
声がした為に、
"マグロ" は
「haupt――」
と振り返った。
声の主と
"マグロ" は、
視線を交差
させなかった。
そこには、
人がいる。
ひとり。
誰とも
アカンパニー
していない。
立っていた。
その人物は
<シュヴィメン>
をしながら
汗を流す選手達を
――遠い目で
見つめていた。
宇宙船の窓から
光速でなければ到達する事が限りなく難しい
そんな距離にある
遠い惑星を見る
<宇宙飛行士>
の様だった。
椅子に腰かけた "マグロ" は
その人物が
――"マグロ" に声をかけたのではなく
#どこか別の場所にいる
別の誰か#
と通信でもしているのだろう
と思った。
―――――――――――――――――――――――――
現代では、
誰もが
――見える形で
”通信機器”
や
”端末”
を持って、
他人とコミュニケーションするとは
限らないから。
街中では
多くの者が
独り言を喋っている様に
見えるものだ。
―――――――――――――――――――――――――
その時、
その
――"マグロ" の傍に
――ひとり立つ
人物が
――また
言葉を
口にした。
"?":
「君は、
もう少し
動きが
機敏な筈なのに………」
独り言の様に、
そう言った。
"マグロ" は思う――
《……やっぱり
[――その人物("?")は]
[――"マグロ" ではない]
誰か別の人物と
話し
してるんだ…》
"マグロ" は辺りを見回した。
<シュヴィメン>
の休憩の為に設置された
椅子の群れの中には、
人がいない
訳ではなかった。
それでも――
"マグロ" と "?" の周囲には
誰もいなかった。
”声を出した人間”
を中心として
その声がクリアに届く範囲を
円で描くと、
"マグロ" だけが
円の中に
含まれていた。
見返ろうとも
"姉" の様な
<可憐さ>
が現れる事がない "マグロ" は
《やっぱり誰か
別の人と
話してる……》
と考える。
それが結論である
として、
問題を片づけようとした――
その時。
目が会った。




