荘厳なる少女マグロ と 運動会
"マグロ" が練習場に到着した。
既に、
多くの少年少女、
青年たちが
練習をしていた。
ノービスからシニアまで。
平日の午後であったから、
余暇で”重力スケート”を楽しむ者は、
いなかった。
たとえ居たとしても…
――選手の”真剣さ”の隣では……
居たたまれなくなるものだ。
勿論、仲の良い選手の間から、笑い声が起こる事もある。
特にスペースリンクの外では、頻繁に笑いは弾ける。
リラックスする時もある。
ただ
――皆
勝負師の顔を脱ぎ捨てない。
それは何処だって同じ事。
どのジャンルだって――同じだ。
大勢は――”真剣さ”にフォロー出来ないもの。
競技者は皆
――スペースリンクの
――空いた空間を
――十分に使って
――必死に
技を磨いていた。
その練習場は、
数多くの有名選手を輩出した
歴史ある場所だった
――しかし
――昨今は
――別地域に主流は移っていた。
世界と太いパイプで繋がっていて、
ルール改変にすぐ対応したプログラムを組む事の出来る
そんなコーチがいる所へ。
そのコーチに付いている選手は、
他のコーチに付いている選手と同じ事をしても
芸術点が高かった。
それ故――余裕が漂っていた。
"マグロ" が行く練習場は、
真剣さと”焦り”が混ざった場所だった。
"マグロ" は運動着に着替えると、軽く身体を解した。
身体が温まってから
――練習場の保管プレイスに
――常に置いている
自分専用の<重力ストーン>
を取りに行った。
抱える様に持つ。
腕の中にずっしりと重いストーンは、傷だらけだった。
ずっと磨いていないのだから。
―――――――――――――――――――――――――
"マグロ" は道具を大切にしない少女であった。
生きている小動物は大切にするが、
無生物には
――あまり
偏愛を見せない子供であった。
勿論、そういう<性格>だけが
――"マグロ" の
――道具を大事にしない
理由ではなかった。
"マグロ" の使う道具は
――常に
<"姉" からのお下がり>
であった。
"マグロ" は
それを
――強く
不満に思っていた。
"姉" には
――常に
新品
――最先端モデル
が与えられていた。
衣装でも
――大会ごとに
新しい物が誂えられていた。
"マグロ" は、親に新品をねだった。
親は聞き入れなかった。
<重力スケート>は
――ひどく
金が掛かるスポーツである。
よって、
大金持ちではない "マグロ" の親が
娘の我儘を聞き入れるのは
――大変
難しかった。
練習場を借りるのは、それ程高額な出費とはならなかった
――練習場は国営施設で
――選手登録者は
――低額で利用する事が出来たから。
競技の為に使用する衣装や道具、
遠征費や
コーチの雇用料等が
高い出費となった。
だから、
年長者が成長によって使えなくなった道具や衣装を
年少者が再利用するのは、
珍しい事ではなかった。
特にノービスクラスでは
ストーンの性能や
高額な衣装などの要素が
――試合の結果に於いて
決定的となる事はないから
――お下がりでも
問題とはならなかった。
ただ、"マグロ" は不満に思っていた。
"マグロ":
「お姉ちゃんばっかり………」
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少女の不満は、
"姉" という存在だけが
理由ではなかった。
"マグロ" には "妹" もいた――
"マグロ" は、三人姉妹の次女に当たる。
"マグロ" の "妹" に
親は
――常に
新しい道具を買い与えていた。
理由は簡単。
"マグロ" が道具を大切にせず、
使い潰していたから。
"マグロ" は不満に思っていた。
"マグロ":
《何でわたしばっかり……
お古ばっかり…》
―――――――――――――――――――――――――
少女は、競技用の靴を履きながら、考えていた。
腹を立てていた。
"マグロ":
《ホントムカつく事ばっかり……》
靴を履いてから
側面に取り付けられたボタンを押すと
靴は "マグロ" の足にフィットした。
―――――――――――――――――――――――――
勿論、
"マグロ" が生きた時代も
靴には<サイズ>があるし、
靴は
――状況に応じて
買い替えるものだ。
買い替える事自体は昔と同じだ。
ただ、
僅か0.5センチ刻みで作られる既製品モデルでは
個人が正確に得る事の出来ない”フィットさ”というものを
――生地の圧縮
――膨張によって
生み出す事が、今はもう可能となっている
――それも
――靴に取り付けられたボタンひとつで。
昔とは、違うのだ。
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足が窮屈ではない状態を確認してから、
"マグロ" は
――重力ストーンを二つ手にし………
スペースリンクに近づいた。
リンクに入る。
一歩踏み入れると、地面のエラスティックな性質がわかる。
歩き辛い。
地に足をつけて歩く "マグロ" の頭上では、
大勢の選手が練習をしていた――
空を飛びながら。
空間の中
――宙に浮かんだまま……
滑ったり、
ジャンプをしたり、
片足を上げたり
していた。
"マグロ" も練習を始めようとした…――
その時だった。
上空を飛んでいたひとりの選手が
ジャンプのセッティングに失敗して
身体を倒した。
宙に浮かんでいたその選手は――落下を始めていた。