荘厳なる少女マグロ と 運動会
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その
――写真の中で
――"マグロの姉" を抱く
"胸毛と腕毛を持つ者"
の顔を
"父親" は
――それまで
見た覚えが
なかった。
記憶の中に
その顔を
辿る事が出来る様な気が
しないでもなかったが、
<誰か?>
という問いに対する答え
――具体的な名前
に
――その時
出会う事は
なかった。
娘のあられもない様を見て、
"父親" は憤っていた。
自身以外誰もいない
――居間で
――煙なく…
燻っていた。
ずっと写真を見つめていた。
その手は震えていなかった。
少しだけ自身を宥める事に成功すると、
"父親" は
<手紙>
の中身が
”その写真だけではない”
事に
気がついた。
白いシートに書かれた
――文字で構成されている
”テキスト”
がある。
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言うまでもないが、
シートは
――特に
誰かが
重要な事を
誰かに
知らせる時
――特に
――通信によるデータ攻撃
――によって
――内容を
――第三者に知られる事を
――望まない者が
用いる
大切な道具だ。
そして――
機密の重要度が高いテキストに対して用いられる
保存方法の一つである。
紙よりも長持ちし
無駄にならない
代替品。
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<手紙>
のシートの上に書かれていた事も、
それまでよく来ていた手紙とは
違っていた。
それまで
”変態”から
送られていた手紙では――
「お前 ["マグロの姉"] は
道徳的に
オカシイ!」
「生意気だ!!」
「大会に出るな!!!」
「ブスの癖に!!」
「君は俺だけのもの……」
といった
<誹謗中傷>
や
<嘘の羅列>
や
<妄想の告白>
が記されていた。
ただ………――
その日の朝に
送られてきた
<手紙>
には、
「愛言葉」
が連ねてあった。
「愛している……」
という言葉
<そのもの>
は、なかった。
それでも――
「この前は楽しかった」
「あんな楽しかったのは
久しぶりだよ」
「会いたいよ」
「すぐにでも会いたいよ」
等、
<手紙>
が
”恋文である”
と判断するに
十分な要素が
――大量に
あった。
「妄想だ」
と一蹴する事は出来ない。
添付されている写真の存在が
書かれている事の信憑性を
高めているのだから。
<手紙>
の内容は、
それだけでは
なかった。
"手紙の送付者":
「あんまり他人が言っている事なんて
気にするな」
"手紙の送付者":
「身体が硬い奴等が言う事なんて、
単なる嫉妬だよ」
"手紙の送付者":
「弱気になるな」
"手紙の送付者":
「もっと自信を持てって!」
即ち――励まし。
さらに――
"手紙の送付者":
「今日は大会だな」
"手紙の送付者":
「大会さえ終われば、
また会えるな」
"手紙の送付者":
「会えるよな…?」
セツナゲに文が切れていた。
その後――
<猥褻な内容>
が
――具体的に
記されていた。
つまり――「二人で何をしたか」。
手紙の書き手は
"マグロの姉" の身体の柔らかさを
褒めていた。
そして
「どう興奮したのか」
という描写があった。
それが終わると――
"手紙の送付者":
「今日の大会は
<キテイ>
と
<プログラム・クール>
だけだから
楽勝だろ?」
"手紙の送付者":
「今日の結果は
サーキットのポイントには
関係ないんだから、
気楽にな」
"手紙の送付者":
「今日は絶対に応援に行くから」
そこで……――手紙は終わっていた。
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それは………――手書きであった。
文字は滲んでいなかった。
恋が滲んでいた。
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手紙を盗み読みした "父親" は、
自身の動悸を知った。
胸に手を当てた。
「……palpitation」
「palpitation…」
"マグロの父親" は、
手紙を
《握りつぶしたい》
という衝動に
駆られた。
端を丸め……――かけた。
ただ………――望みを果たす事を止めた。
証拠なのだ。
"父親" は
――すぐに
娘の部屋へ
行こうする。
叱りつける為。
ただ――足を止めた。
思い出すのだ――
"マグロの父親":
《……今日は…地方大会当日なんだ……》
"父親" は、
取り巻かれた様々な状況に
左右されやすい
娘
の調子が落ちる事を
願わなかった。
憤りが消えた訳ではなかった。
それでも――溜まっていた唾を飲んだ。
"マグロの父親":
《大会が終わってから………》
"マグロの父親":
《絶対に……》
"父親" は
<手紙>
を胸に仕舞うと、
朝食の支度をした。
胸の上、シートは動悸を押さえなかった。
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"マグロの母親" が起きて来たが、
"父親" は
見つけた事の話を
切り出さなかった。
何も起こらなかったかの様に――振る舞っていた。
娘と同じ位、緊張した妻への――思いやり。