荘厳なる少女マグロ と 運動会
それで終わりだった。
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閃光があり…
――銃声が止んだ。
追加攻撃はなかった。
ヘッドクォーターでは
ひとつの映像が
――大きく
――大勢に
共有されていた。
死体がひとつ――ある。
それだけ。
風のノイズをカットした静寂には
意味がある。
後輩を追跡していた
”ABEE”が、
ヘッドクォーターの周囲で
攻撃の機会を窺っていた
見張りの敵兵(人間)を
一時的にだが
後退(散開)させる事に
成功したのだ。
その後、
犯人グループの一部を
確保する事にも
成功した。
成功。
戦争状態と雖も
文明先進国に於いて
<先に手を出す(攻撃する)事>
は
<人間の肉体に致死的な負傷を残す事>
と同じ程度
許されていない為に、
犠牲を理由として
それまで
睨み合う事しか出来なかった膠着状況を
少しだけ前に進める事が
出来た。
成功。
”ABEE”の眼から発される
――大昔の兵士が使っていたという
――旧式のスタングレネードによく似た
フラッシュは、
間に合わなかった。
”ABEE”が放つ
音波攻撃も、
間に合わなかった。
それでも――成功なのだ。
戦況は
――常に
一進一退。
踏み出す一歩
引き下がる二歩目
その狭間に横たわる――遺体。
ルールされた――死体。
「何も変わらない」
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"マグロの母親" は
罪を問われなかった。
<壁の目>
と
”ABEE”
が、
状況を
保証していた。
周囲の証言が、
保証を
裏付けていた。
手順や処置に、
問題は
なかった。
違反に該当する事は、何もなかった。
同国人間の揉め事は
世界軍事裁判の管轄外であったから、
その一兵卒の死去に付随する問題は
――それ以上
"マグロの母親" と
関連付けられる事は
なかった。
<ルール>
は
――ただ
"マグロの母親" の味方を
するだけだった。
如何なる紛争に於いても
平和的解決を目指す
そんな世界情勢に於いて、
敵の血は滅多に流れない……
――それでも
――仲間の手による
――<社会の内出血>
――それがなくなる事は
――ない。
「生きる為」
ライフ――ゴウゾン………。
―――――――――――――――――――――――――
"マグロの母親" は、
外から回収されたばかりの
<蜂の巣>
を見下ろしていた。
恐れはしなかった。
戦場で、
死体は
――映像を通じて
見慣れていた。
無残な後輩の死を目の前にしても、
昔の
――良き日の
思い出は
甦らなかった。
死体から血は流れ尽くしていたのか、
液体のイメージは湧かなかった。
赤が
傷口の縁に
こびり付いて、
本来の色を
失って
いた。
ブレットの通過した跡は、
マグマが冷えた
ボルケーノ
その火口
の様だった。
ただ――二次元的に見えた。
数学者ではない "マグロの母親" の前で
縁が赤黒く染まった丸い穴は、
互いを貼り合わせなかった。
写像として成立しえない――点。
各々
<ひとつ>
として
――大量に
身体の上に
存在した。
そして
すべての面が、
観察者である
"マグロの母親" に
向かっていた。
根で繋がっていた。
開口部から
”存在する事”
と
”己の独自性”
を、
ただ
主張していた。
そんな丸い痕に
一言が
注ぎ込まれる――
"マグロの母親":
「……あたしは悪くない」
言葉は
点から入り
点から出た。
傍で
"怪人" が、
その一言を
捕らえた。
その呟く様な
<言い訳>
を
――"怪人" だけが
抱きしめていた。
逃げない様に。
口元が
緩んでいた。
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後輩の家族は、訴えなかった。
遺族は、
後輩の上官である
"マグロの母親" とは
話をしなかった。
死を
残された家族が
受け入れた事を
――"マグロの母親" は
自身の上官から
シンプルに
告げられた。
《係争があるに違いない》
と
"マグロの母親" は思っていたから、
拍子抜けした。
始まりさえせず、
何もなかったかの様な日々が
――また
始まった。
ただ――現場にいた皆が知っていた。
「一人の兵士が気を狂わせて
戦場に無防備で突っ込み、
命を奪われる羽目になった」
と三行で説明がつく様な決着の仕方が、
<その通りではない事>
それを知っていた。
皆は――見ていたのだ。
何もしないが――見る事は出来たのだ。
そして――死ぬまで忘れない。
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残された者は困らない。
ただ――参考にするだけだ。




