荘厳なる少女マグロ と 運動会
"少年" による
亀への<からかい>は
続いた。
そんなある日の事だった――
"マグロ" は
教室にいなかった。
"少年" は
――その時を見計らって
<石亀>を水槽から取り出した。
同級生は――見ているだけ。
"少年" は、<石亀>を教室の床に置いた。
亀は慣れない地を這い出した。
どこにも向かっていなかった。
"少年" と男友達は、
その
<不器用な歩き型>
を笑った――
上から。
"少年" の男友達が提案した。
"男友達":
「亀って、どれくらい硬いんだろうな?」
実験する事になった。
じゃんけんをした結果、"少年" が選ばれた。
"少年" は、足を亀に乗せた
――軽く。
"女子の同級生":
「やめなよー」
しかし
――口で言うだけで
亀に救いの手を
――実際に
差し伸べる者はいなかった。
<石亀>は頭と手足を引っ込めていた。
"少年" は
「ちょこん」
と足を乗せるだけで、
体重を掛けない。
すぐに甲羅から足を除けようとする。
すると――
"男友達":
「乗っかれ!」
"男友達":
「亀って硬いんだからダイジョウブだって!!」
根拠もない――断言。
"女友達":
「やめなよー」
その時、"先生" に告げ口する者はいなかった。
もうその時代、
教師は
<信頼に値する対象>
ではなかったから。
"少年" は、退けようとしていた足のスライドを止めた。
そして
――亀に足を乗せたまま
力を入れた。
勿論、潰すつもりはなかった。
軽く乗るだけのつもりであった。
亀の生命を断つつもりはなかった。
ただ
――軽く片足立ちになろうとした
まさにその時であった。
"マグロ" がいた。
"マグロ" が見ていた。
"マグロ":
「やめて!!!」
"マグロ" は走り――"少年" を突き飛ばした。
"マグロ":
「何やってんの!!」
<石亀>は、ただ地面を這っていた。
"マグロ" は、無傷な亀を水槽に戻した。
振り向くと、突き飛ばされた "少年" が立っていた。
顔が真っ赤だった。
それを見た時、
"マグロ" は、
相手が
それまで思っていた様な相手ではない
事を知った。
それは "少年" であった
――しかし、少年ではなかった。
それは男でさえなかった。
それは、<野蛮>であった。
高潔さと美徳を兼ね備えた
<気高き野蛮>(ノーブルサベージ)
ではなかった。
単なる、<残虐さ>の顕現であった。
それも――自己を正当化した形で現れていた。
恋がどの様なものであろうとも…
――どの様な比喩を用いようとも……
"マグロ" が落ちた筈の恋は
――もう
――そこに
なかった。
恋がガラス細工であるなら、粉々に砕けていた。
恋が蝋燭のともし火であるなら、吹き消されていた。
"少年" は、"マグロ" に食って掛かった。
"少年":
「何だよ!」
"少年":
「何すんだよ!!」
"少年":
「暴力なんて、野蛮なヤツだな!!!」
"マグロ" は反論する。
"マグロ":
「亀に乗ろうとするなんてサイテー!!」
"少年":
「何だよ! この亀、お前のモンなのかよ!!」
"マグロ" は言い澱む。
亀の所有権は、"少年" の男友達にあった。
"マグロ" には、
さらなる反論の為に必要なレトリック
それを立てるだけの頭がなかった。
だから――
"マグロ":
「ダメなものはダメ!!!」
それは頭の悪い者の論理
――そして、効果はない。
たとえ――正しくとも。
"少年":
「お前だって、いっつも石に乗っかってる癖に!!」
"マグロ":
「乗ってない!」
"少年":
「乗ってる!!」
"少年":
「”重力スケート”の石って、これそっくりだろ!!!」
"マグロ":
「<ストーン> と <この子> [石亀] は違う!!」
"少年":
「どっちも同じ様なモンだ!」
"少年":
「お前だっていっつも石に乗っかってる癖に、生意気言うな!!」
"少年":
「ブスの癖に!!!」
喧嘩になった。
"マグロ" は負けなかった。
少年と少女では、力が互角となる時期がある。
成長期を少年より早く迎えた少女が
――腕力に於いて
少年を上回る事も
――まま
ある。
何より "マグロ" は
競技スポーツの経験
が在った。
"マグロ" は、殴りかかった。
少女が叩く――"少年" が殴り返す。
争いは周囲へ派生した。
"マグロ" の女友達は、"マグロ" に加勢した。
"少年" の男友達は、"少年" の援護をした。
ただひどい怪我をする前に、教師による仲裁が為された。
注意が与えられた。
教師の前で
――"マグロ" と "少年"
二人とも、
「でも………」
と言い訳をしようとした。
言い訳は聞き入れられなかった。
その乱闘が起きたのは、
”重力スケート”の
地方大会を
週末に控えた時の事であった。