荘厳なる少女マグロ と 運動会
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"バレエ座の怪人":
「ァンモマン…ドゥ……――コンプトン………
トンプレパラディフ……ィルスフィィ…」
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そして……
――"青年の友達" の肩に乗せた手を
――まるでハンカチを摘む様に
――引き揚げ………
"怪人" は歩き始めた。
長椅子を迂回し――進んでいた。
まっすぐ――"マグロ" とその家族がいる方角へ。
形而上学が具体化した様な――足取りの軽さ。
"マグロ" には、
その姿が
アニメに出てくる
<敵>
の様に見えた。
子供を獲って食べる――怪物。
手足が
――人間とは思えない程
――長すぎる程
長く、
手足を
――鞭の様に
撓らせて
大勢を打ち、
手足を
――いくら
切断しても、
すぐに再生して
すぐに巻きついてくる
そんな――フィクショナルな怪物。
アニメに於いて都合良く設定されている
――現実にはない
<超自然的な力>
でのみ
打ち勝つ事が
可能な――
"怪人"。
"マグロ":
《逃げよう》
その時だった。
"コーチ" が声を上げた。
選手全員に
観葉植物のところまで集まる様、
命令していた。
"マグロ" は視線の先を戻した。
"怪人" は
刻一刻と
近づいて来る。
振り返ると、
"姉" が
ドリンクを
"母親" に
渡していた。
唇が、湿っていた。
化粧の照りが、輝いて見えた。
"マグロ" は
"怪人" から遠ざかる形で
観葉植物の方へ
向かおうとした。
"マグロ" は歩き始めた。
"マグロ" が歩き始めても
"怪人" は
歩みを
止めなかった。
突然、
「P……」
と音がした。
そんな――気がした。
"マグロ" は足を止めなかった。
"マグロ" が
遠ざかる様に歩いても、
"怪人" は
軌道を修正しない。
まっすぐ――
"マグロ" の家族のいる方角へ
向かっていた。
"マグロ" は
――その時になって
"怪人" の視界に
自分が入っていない事に
気が付いた。
「P…」
と高ピッチの音が
――また
した。
そんな――気がした。
"マグロ" には
――それが
<口笛>
なのだと
わかった。
しかし、
具体的に
<何を意味しているのか?>
判断が
つかなかった。
"怪人" の周囲にいて
"怪人" と擦れ違う者だけは、
それに
”メロディがある”
事がわかり、
それが
<何の曲か?>
――単純に
わかった。
オペラ
『バレエ座の怪人』
で最も有名な曲
「美しさは罪」
[「セ・アンフォルフェ・モデ・ク・ブゼット・ベル」]
である。
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"マグロ" は
"怪人" の姿を
視界の中に置きながら、
歩き続けた。
また微かに――
「P……」
"怪人" が、
唇を
宙に
突き立てている。
身の程知らずがキスを求める様な――醜き顔。
"マグロ" は
嫌な顔をした。
観葉植物の傍に辿りつき、
歩を止めた。
"コーチ" が話していた。
"マグロ" は聞いていなかった。
遅れて "姉" がやって来た。
前屈になり――手で太腿を叩いた。
"怪人" が
"マグロの家族" のいる場所に
辿りついた。
"マグロの家族" の前に立つと
"怪人" は
唇を尖らすのを
止めた。
"怪人" が声を掛けた。
長椅子に腰掛けた
"マグロの父親" と "母親" と "妹" が
のっぽな "怪人" を見上げた。
"怪人":
「久しぶりだねぇ………」
"怪人" の奇怪な声は、
"マグロ" の耳に
届かなかった。
代わりに――
"コーチ":
「ちょっとそこ!
人が話してるの!!
集中!!!」
"コーチ" に注意され、
"マグロ" は
"怪人" に
背を向けた。




