荘厳なる少女マグロ と 運動会
"バレエ座の怪人":
「ブザベ・ク・ジュネパ…
セル……――ァンタリオン………
ァネシャフォ……」
―――――――――――――――――――――――――
"青年の友達" が、"マグロ" のいる方角を見た。
戦った経験のある者特有の――据わった眼。
ガツではなく――牛のハツの様だ。
"青年の友達" は
――小声で
"青年" に
――身を寄せて
<何か>
を言った。
顎で、"マグロ" のいる方を示した。
目配せをした。
"青年の友達" の肩が
――ロボットの様に
「Kaktus」
「Kaktus」
と動いていた。
服に隠れて見えないが、
”GIVS”
を付けているのが
すぐにわかる
そんな動きだった。
―――――――――――――――――――――――――
いくら
最先端の
”GIVS”
でも、
脊髄を損傷して
肉体に後遺症が残っている人間が
――負傷経験のない人間の様に
――スムーズに
身体を動かす事は
難しいのだ。
それは
肉体の代わりになるものではなく、
補助でしか
ないのだから。
―――――――――――――――――――――――――
"青年" が "マグロ" のいる方角を見た。
笑った――
「niemals」
という音が
聞こえてくる様な
――そんな
笑み。
"マグロ" は、息が詰まった様に思った。
視線を逸らしていた。
"マグロ" には、何を笑われたのか、わからなかった。
少し失望した自分を見つけた。
視線を戻した。
見られた "青年" は
――すぐに
視線を逸らした。
"マグロ" は、唾液を飲み込んだ。
"マグロの姉":
「ねぇ、ママ!
あたしのドリンクどこ!!?」
"姉" の声が背後でしたから、
"マグロ" は振り返った。
そして、
"姉" が
<栄養のコントロールされた飲み物>
を "母親" から渡される姿を
見た。
"姉" がドリンクを手に取り
――"マグロ" の視線に気づき
「何?」
とでも言いたげな目つきをした。
"マグロ" は頭を振った。
"姉" の隣で
"父親" は
それまで持っていた荷物を
空いた椅子の上に置き、
"妹" と話していた。
"マグロ" はまた――"青年" のいる方角を見た。
"青年" と "青年の友達" は
――見つめ合い
――馬鹿笑いの類の
笑いで
笑っていた。
大声だった。
声だけが届き――内容は途上で消えていた。
二人はもう
"マグロ" のいる方は、
見なかった。
"マグロ" は、
悲しまなかった。
恋を始めたばかりの者は、
見られる事を求めずとも
見るだけで
満足するものだ。
ただ――
"マグロ" は
身体の怠さを
忘れていた。
それは確実に在り続ける状態だが――意識の焦点から抜け落ちていた。
突然。
「fut」
と "マグロ" の注意は
別の事に
向いた。
"青年" と "青年の友達"
その背後、
長椅子の背に腰掛けている――
”ひとりの人間”。
<のっぽ>
であった。
それが――見ている。
人差し指を、顎に当てている。
そして――見てくる。
「jede」
――と "マグロ" のいる方を
まっすぐ。
"マグロ" は思う…――
《……なんであのヒト、
こっち見て来るんだろ?》
"のっぽ" が "マグロ" に笑いかけてきた。
奇怪な笑みだった。
"マグロ" は、視線を逸らした。
"マグロ":
《気味が悪い………》
その "のっぽ" は、
学校から送信されてくる
「知らないヒトに
ついて行っては
いけません!!!」
と
<幼児誘拐>
を注意喚起する
メール
に載っている
――戯画化された
<変質者>
それが浮かべる
<笑い>
に似た笑い方をしている
――と……
――"マグロ" は
――思った。
そのまま連想が続き、
"マグロ" は
――その "のっぽ" の顔が
《ヘンタイ》
に似ている
と思った。
"マグロの姉" に関する
<誹謗中傷>
を
”重力スケート”
協会
や
"コーチ"
や
"姉" の友達
に送った――
<変質者>。
逮捕された時に確認した――顔。
"警察官":
『もし
こんな人が周りにいたら、
すぐに逃げるんだよ…』
データベースに登録された――笑顔の静止画。
男の――ゲズィヒト。
―――――――――――――――――――――――――
"マグロ" は
――窺う様に
視線を戻した。
"のっぽ" はまだ、見つめていた。
"のっぽ" は
――"マグロ" の視線が外れた後
――表情筋を弛緩させていた様で……
また
――強張る様な
笑いで
――"マグロ" に向かって
笑いかけた。
"マグロ":
《なんか
<ピエロ>
みたいな顔………。
キモチワルイ……》
三日月に曲がる口が、
ひどく大きく
見えた。
頬の
――マフィンの様な
盛り上がりが
異様に大きく、
大袈裟に見えた。
"のっぽ" は
――突然
片手を上げた。
手を挙げたまま
指だけを
――二度
折った。
"マグロ":
《あいさつ…してる?》
"マグロ" の目には
その動作が
挨拶をしている様で
挨拶の様には、
見えなかった。
宇宙人が何かしている様に思えた。
"のっぽ" は
ずっと
笑っていた。
そして――立ち上がった。
"マグロ" は
「big……」
と身体を一瞬
引き攣らせ
後ずさった。
"のっぽ" の動きを知り、
長椅子に腰掛けていた
"青年" と
"青年の友達" が
振り返った。
警戒している様子はなかった。
のっぽな "怪人" の口が動いている………
――"マグロ" には聞こえなかった。
"怪人" を見たまま
"青年" と "青年の友達" が、
頷いている。
その "怪人" は、
話し終わると、
手を
"青年の友達" の肩の上に
置いた。
それも……――優しく。
優雅に…――
ピアニストが
『ゼレーナーダ』
を弾く様に……。
小指が
――ペダルの様な
余韻。




