荘厳なる少女マグロ と 運動会
<意味>が…――
「在るか
否か?」
――は
問題では
無い。
ただ……――
「意味を
見出さない者
にとって
意味は
無いし、
意味を
見出す者にとって
意味は
在る」
――という
訳では
無い。
それは
<意味>
について
議論している様で、
そうでは
ない。
それは
<解釈>
の問題だ。
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対象が………――
「在る」
――限り
意味は……――
「在る」。
<鳥>
――という
言葉にしろ
記号にしろ
それが
示され…――
「在る」
――<状態>の時
<意味>は……――
「在る」。
<鳥>
――が示す
意味領域に
該当する対象
すべてを
指すだけ。
[その時、
現実に
<鳥>
のボディが
在るか
無いかは
関係が
無い。
<意味>は
エンボディー
されなければ
ならない訳では
ない]
<人生>
――も
”同じ”。
意味領域が
示されている時、
<意味>は………――
「在る」。
誰かが……――
「見出すか
否か?」
――は
問題では
無い。
見出そうが
見出すまいが、
意味領域は、
それを…
――大まかに……
バインドする
記号や
言葉が
示された時に
生じており………――
「在る」。
<鳥>
――という
言葉……
――又は
――記号…
を理解できない
外国人や
子供が
その言葉……
――記号………
に対し……――
「<意味>
は無い!」
――と
主張しようと、
そこに
それが
示される限り、
<意味>
は…――
「在る」。
現代人には
理解できない
原始人が
描いた
壁画にも
<意味>が……――
「在る」
――様に
そう。
意味の無い
言葉や
記号は
意味領域が
生じていない場合………
――設定されていない場合……
<意味>は…――
「無い」。
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「人生に
意味は
在るか
無いか?」
――という
問いは、
問題では
ない。
<人生>
――という
記号……
――若しくは
――言葉………
には
<意味>が……――
「在る」
――から。
現代では
劣った者が…――
<意味>
――という概念に於ける……
――含まれている………
<目的>
――そして……
<価値>
――等
部位が…――
<意味>
――全体と……
「=」
――であるかの様に
見ているから………――
「人生には
意味が
在るか
無いか?」
――という様な
程度の低い
問いが
生まれる。
[<意味>
という対象の
意味領域を
ひとつの集合
とすると、
ここで
用いられる
<目的>や
<価値>は、
その大きな
<意味>
という
集合に
含まれた
より小さな
集合を
指す]
「意味が
在るか
無いか?」
そんなものは
現代的問題では
無いし……――
<人間>
――の問題では
無い。
悩む者が
間違っている。
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<人生>
――には
<意味>
が在る。
文字通り…――
「”人”が
”生”
きている
という事」
「人の生命活動が
停止していない
という事」。
それ以上でも
それ以下でも
無い。
※脳を含む
内臓器官の
生命活動の
停止等は……――
「生きている」
――という事の
ペリフェリに
属する領域
の話であり、
それは
ペリフェリの中で
揺れ動き、
<意味>
に留まったり、
<意味>
から
外れたり
する。
条件と
ルールによって
生きていたり、
死んでいると
見做されたり
するだけ。
それは
<意味>の
#有無#
の問題ではなく、
#解釈#と
#評価#
の問題である。
ペリフェリを
吟味した結果、
如何なる
ジャッジが
どの様な
#解釈#や
#評価#
が下そうと………――
「在る」
――ものは……
「在る」。
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