荘厳なる少女マグロ と 運動会
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"バレエ座の怪人":
「ルレ…――ジュスイ……
ルデシェ………――ジュセ……。
ァンコリジーブルゥ…――メ・アンスェ……アラァゴニィ………。
ジュスト……――モンデジィール…アミニュイッ…」
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確かに、
”重力スケート”
のジュニア部門では、
<不思議な事>
が起きていた。
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プログラム・クールと
プログラム・ロングでは
演技の前に
<顔見世>
という時間が取られる。
今は
動物愛護の精神から廃止されているが
古代にて栄えていたという
馬の速さをトラックで競う
<競馬>
という競技では、
競争前に
馬の出来を
客に見せる時間が取られていた
という……
――それと同じ様なものだ。
何人か
”重力スケート”
の選手を
――まとめて
滑らせて、
その出来を
ジャッジが見る
という
選手お披露目の時間が
<顔見世>
だ。
試合で行う
プログラム・クールと
プログラム・ロングの
演技は皆
ひとりひとり
個別に行う為、
選手達を
直接
――細かく
比較するのは
難しい。
[誰が上で
誰が下か]
だからこそ、
その
<顔見世>
の時間を使って、
ジャッジは
同じ場所に並べられた大勢の選手を比較し、
<芸術点>
を付ける時、
参考にするのだ。
その
選手にとって
ジャッジに出来栄えの印象を良く見せて
<芸術点>
を上げさせる為に重要な時間
<顔見世>
で、
選手の
”接触事故”
が増えたのだ。
それも
――すべて
"鼈" が絡んでいた。
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滑走中、
"鼈" と接触して
痣を作った者がいた。
"マグロの姉" も
――前年
「あわや」
という所で
衝突しそうになった。
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"マグロの姉":
「そういえば
あの
去年怪我した子、
どうなっただろう………」
"マグロの母親":
「協会は問題にしなかったでしょ?
――それだけ」
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"鼈" の蹴った
”重力ストーン”
と接触した子供も
いた。
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”重力スケート”
のSJのうち、
アクセルを除くジャンプは
ジャンプの入りが
後ろ向きとなる。
後ろ向きになって、
片足を振り子の様に使って
跳ぶのだ。
その為には、
片足を自由にする必要がある。
そこで、
選手は
――それらのジャンプを
――跳ぶ前に
自身の足で踏んでいる
”重力ストーン”
の片方を
前方に蹴るものだ。
空間を
<漕いで>
蹴った勢いのまま
ジャンプするのだ。
例えば、
右足で踏んでいた石を思いっきり前へ蹴り
――飛ばし
左足で
――石の上に立ったまま
軌道に対して背中を向けて、
屈伸して
ジャンプし、
そのまま左足で着石し、
続いて
先に蹴った石の方を
右足で掴む
という様な具合だ。
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"鼈" は
前年の
<全国大会>
時、
プログラム・クール前の
<顔見世>
で、
五回転・SJのループを行う為、
石を蹴った。
蹴られた石は
――勢いよく
前方に
――彗星の様に
跳び、
軌道上に立っていた
同年代の "選手" の太腿を
掠った。
その "選手" は
「大したことない!」
として、
その後
試合こそ棄権しなかった。
が……
――誰が見ても
――明らかに
調子を落としていた。
”重力スケート”
協会は、
その出来事を
「不慮の事故」
として処理した。
お咎め――なし。
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"マグロの姉":
「でも、今年も…。
あの子 ["鼈"] が
睨んできたり
貧乏揺すりしてきたり
したら……」
"姉" は
――まだ
泣き事を
言っていた。
"マグロの母親":
「無視するの」
"マグロの姉":
「あの子 ["鼈"]、
いっつも
『ムス』
ってしてて、
傍に来ると――
気持ち悪い。
黙って
――泣きながら
睨んでくるの………。
すっごいキモチワルイ……」
"マグロの姉" の
声の調子には、
変化があらわれている。
"マグロの母親":
「無視すれば良いの」
"マグロの母親" は
先程より娘が落ち着いてきているのを
見抜いていた。
《本心を吐露すると
「すっきり」
するものだ》
と
――昔から
言うもので――
"マグロの母親" も
その時、
そう思っていた。
それでも――
"マグロの姉":
「でも、無視しきれなかったら…――」
"姉" は、しつこく、繰り返した。
だから――
「無視するの」
と "母親" も繰り返す――
"マグロの母親":
「相手だって穏やかじゃないんだから、
先に冷静じゃなくなった方が負け。
戦場では――」
そこで言葉を切った。
"マグロの父親" が
隣りで睨んでいる
そんな気が
――"母親" には
した。
振り向くと――"父親" が見ていた。
睨んでは、いなかった。
二人の話が終わるのを、
待っていた
――娘達の荷物を抱えて。
その後ろに、"マグロ" がいた。
ジャンプしていた。