荘厳なる少女マグロ と 運動会
"マグロの姉" と "鼈" は、
同じ年にジュニアへ上がった。
二人の演技構成に
変化は
――それ程
なかった。
それでも――変化があった。
ジュニアに上がると
――突然
"マグロの姉" の
<芸術点>
が、高まり始めたのだ。
対し、
"鼈" の演技に対する
<芸術点>
は、上がらなかった。
全くと言っていいほど、上がらなかった。
ノービスの頃、
二人の
<芸術点>
は同じ程度の数字が
与えられていた。
だからこそ、
"鼈" は
それまで
――キテイ種目や
――プログラム・クールで
――失敗し
プログラム・ロングの前に
《負けそう…》
という考えが過る事があろうとも
――試合では
何とか
――"マグロの姉" を含む
大勢を
捻じ伏せる事が
出来た。
難しい技さえ成功させれば、
「勝てる!」
「失敗した分を取り戻せる!!」
という自信が
――"鼈" には
あった。
それが――揺らぐ。
自分が
「完璧に出来た!!!」
と思っても、
点数が伸びない。
"鼈":
「……なんで?」
そして――不満顔。
対し、
"マグロの姉" は、
鰻登り。
"鼈":
「別に難しいジャンプを
――新しく
やった訳でもないのに
ナンで………?」
<芸術点>。
"鼈" は
前年のサーキットの初戦で
"マグロの姉" が優勝した時、
《たまたまだ》
と思った。
"鼈":
《まだ試合があるから
巻き返しは出来る!!》
泣きながら思う――
《……次こそは!》
しかし
――次の試合では…
"マグロの姉" は落石したにも関わらず、
失敗しなかった "鼈" に
点数で迫っていた。
国内大会でも、そういう傾向が続いた。
試合を重ねる毎に、
"鼈" の顔に
フィンスターが過る様になった。
"鼈":
《なんで……?
――なんで上がらないの?
気持ちを込めて演じているのに………
心を込めて、表現しているのに!!》
全国大会では
"マグロの姉" のジャンプミスによって
"鼈" は
"マグロの姉" より上位に
自分を就ける事が出来たが
――スコアを見ると
<芸術点>
で、大差が付いていた。
"鼈":
《なんであの子ばっかり……》
頬に影射す "鼈" には、
理由がわからなかった。
―――――――――――――――――――――――――
突然
<芸術点>
に於いて
高得点を与えられる様になった
"マグロの姉" は、
”はしゃいでいた”。
"鼈" を意識して
はしゃいでいた。
強い筈だった
"鼈" の
<芸術点>
が上がらず――
それまで負ける事が多かった
自分 ["マグロの姉"] が
評価されていく。
自分だけ。
"マグロの姉" は、
<喜び>
を露わにする。
奇声に似た声を出す。
騒ぐ。
<わざと>
”はしゃいで”
見せていた。
その傍で
静かに泣いて闘志を示す
"鼈" は
――”はしゃぐ”姿を
意識に刻み込んでいた。
そして
――その後
――試合毎に
"マグロの姉" による
笑顔と奇声
「ストラット・アンド・フレット」
が繰り返される。
"マグロの姉":
「また音楽の解釈点が上がった!!!」
それを視界の隅で捉える
――<芸術点>
――が
――ノービス時代に毛の生えた
――そんな程度の評価を受ける
"鼈" の目つきが、
悪くなっていく。
"鼈" は
試合の結果よりも、
<芸術点>
が
"マグロの姉" の様に上がらない
その事ばかり
気にする様になった。
極めつけは、
全国大会が終わった時だった。
"マグロの姉":
「今年は、
表現の点数で
良い点がもらえたので、
これからは
<表現力>
をもっと上げて
――成長して
みんなに
『楽しいな!!』
って思ってもらえる様な、
そんな演技をしたいです!」
取材された "マグロの姉" は、
そうコメントした。
それを聞き、"鼈" は
――勝手に
傷ついた。
<表現力>。
<成長>。
"鼈" は、
自分が
そのシーズンを通じて
「表現力がない」
「大幅な成長がない」
と判断されたのだ
と思った。
そのシーズン、
好成績を残した筈なのに、
"鼈" は
ノービスの頃
勝つ度に得ていた
<満足>
を、手にしてはいなかった。
"鼈"
《今年は一応勝てたけど、
来年は…――》
"鼈" の視線の先には
――大勢を魅了する
”可愛らしい”笑顔が在る。
高い
<芸術点>
に値する
という
笑顔。
「にっこり」
という音が聞こえてきそうな――
表情筋の屈折。
<成長した表現力>。
"鼈":
《もし来年も
<芸術点>
が上がらなくて、
あいつ ["マグロの姉"] のだけ
上がったら……――》
"鼈" は周囲を見渡す。
会場に足を運んだ素人の多くは
――ただ
魅了されていた。
"マグロの姉" の声を聞く
"鼈" の隣で
”重力スケート”
のファン
ではない男が
言う――
「あの子 ["マグロの姉"] カワイイなぁ………」
”重力スケート”
ファン
の女が言う――
「あの子、これから来るよ……
――ゼッタイ。
あたしの予感って当たるんだから」
その他が言う――
「つい見ちゃうよ…
――目を惹くんだよな
あの子」
そして、
誰も
"マグロの姉" よりも順位が上の
"鼈" を
見なかった。
"鼈":
《勝ってるのに……
――わたしの方が勝ってるのに!!》
誰も
"マグロの姉" よりも難しいジャンプを跳んだ
"鼈" を
見ないのだ。
"鼈" のところに
取材は来なかった。
周りは
――"鼈" に
「ジュニア一年目で表彰台に上がるなんて凄いね!!!」
とは
声を掛けた。
そして、誰もが繰り返す――
「凄いね!!」
「良かったやんね!」
「お疲れ様!!」
しかし、誰も言わない――
「可愛いね!!!」
と。
「目を惹く演技だった!!」
と。
「ホント、カラダ柔らかいね!」
と。
「妖精みたいだった!!」
と。
"マグロの姉" に与えられる言葉は
――"鼈" には
与えられないのだ。
ジャンプについてすら………――"鼈" は褒められなかった。
周りを囲まれる "マグロの姉" のラフレシアの様な笑顔と
眉を顰めた "鼈" は、対照的であった。
"鼈" はその時にはもう
「ナンで?」
とは考えていなかった。
憂鬱顔の "鼈" は
<理由>
を
「usus」
わかり始めていた。
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