荘厳なる少女マグロ と 運動会
地方大会の会場が見えた。
道は空いていた。
車は、会場に隣接した駐車場に入った。
駐車場は
「そこ」
「そこ」
埋まっていた。
《先に入って
もう練習している人が
いる》
と "マグロ" は身体を強張らせた。
車が停止する前から
《早く
”重力ストーン”
の上に
乗りたい》
と希望していた。
"マグロ":
《早く身体を慣らさせたい》
"マグロ" は
車の中で、
上体を
「qui」
と、
捻ったり
した。
対し、
同じ
”重力スケート”
の選手である
"姉" は、
そうしなかった。
"マグロの姉" は
――動かず
宙を見つめていた。
他人には、
それが
白昼夢なのか
仮想映像を見ているのか
判断がつかない。
"姉" は
「薬」
とだけ笑った。
―――――――――――――――――――――――――
車が止まる。
家族が降りた。
降りる時、"父親" は胸の上の
<嵩張り>
を思い出した。
忘れようとした。
"母親" は
――娘の荷物を下ろしながら…
周囲に知り合いの車がないか、
探していた。
ない様子だった。
地面に降り立った
"マグロの姉" は
――"母親" と同じ様に
知り合いを探した。
いなかった。
ただ……――
いた。
駐車場の中
少し離れた場所に停止している車から降りた者が
いる。
”重力スケート”の選手だ。
それも――ジュニアのトップクラス。
見つけた途端
"マグロの姉" は
顔を険しく
させた。
―――――――――――――――――――――――――
それは
前年、
"マグロ" の住む国で開催された
”重力スケート”
の全国大会で
表彰台に上った者だった。
因みに、
同じ大会で "マグロの姉" は入賞したが
――あと一歩のところで………
表彰台を踏む事が叶わなかった。
その
"ジュニアトップクラスの少女" を
――これから
何と呼ぼうか?――
便宜上
「"鼈"」
と呼ぶ事にしよう。
―――――――――――――――――――――――――
因みに、
前年のジュニアサーキットでも
――二戦とも……
――"マグロの姉" と "鼈" の
二人は
顔を合わせていた。
"マグロの姉" が初優勝した欧米の地方都市の大会で、
"鼈" は表彰台に上る事が出来なかった。
結果が出ると、
"鼈" は
涙を流しながら、
立っていた。
泣き方は、"マグロの姉" と対照的だ。
"マグロの姉" は
――試合に負けると
大声で泣きながら
"母親" に縋りつき、
喚くタイプ。
"鼈" は
得点の表示を見つめながら、
静かに涙を流すタイプ
――そしてその後
――トワレッにあるゴミ箱を
――静かに…
――蹴とばすタイプ。
前年のサーキット
<南アフリカ大会>
では、
落石した "マグロの姉" よりも
"鼈" の順位の方が
上だった。
ただ
――その時は
"鼈" も
表彰台に上がる事は
出来なかった。
やはり会場で、静かに泣いていた。
"鼈" は、
泣く事は泣くが
――古代の辞書に載っている
――”弱弱しい”という意味で
「女々しく」
は、泣かなかった。
少女の目から溢れるものは――
<破壊者の我儘>
――その雫
であった。
"鼈" は
――試合が終わった後も
闘志を剥き出しにして、
涙に滲む得点を
睨む――
睨み続ける。
そして
自分よりも上に位置する選手達の名前を
睨みつける。
睨みつける。
目から溢れる水は
――感傷や感動の”徴”ではなく
「次こそは、全員ぶっ潰してやる!」
という
<挑戦状>
であり、
<決意表明>
であり、
<威嚇>
であった。
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以前は、そうではなかった……
――"鼈" が泣く事自体
――あまり
――なかった。
遡れば――
二人 ["マグロの姉" と "鼈"] は、
ノービスの頃から
顔を合わせていた。
ノービスの頃
――国内限定で………
"鼈" は、
勝ち続けていた。
ノービスでは
五回転SJ [スピンジャンプ] を
コンビネーションで跳び、
三回転BR [バックロール] を跳べば、
自動的にそういう結果が得られたのだ。
難しいジャンプを跳ぶだけではない――
"鼈" がジャンプを跳びさえすれば、
その悪くはない跳躍力から繰り出される
”ジャンプの高さ”
で、
大量の加点が貰える
という事情もあった。
<芸術点>
に於いても、
特別低い点数が与えられる事は、
なかった。
故に
負ける事は
――ほとんど
なかった。
だからこそ
――ノービスの頃
"鼈" は
「溌剌」
としていた。
笑顔ばかりが浮かんでいた。
ただ……――
もう
「それ」
は、ない。
涙を流していない時も
――常に
顔がキツク、
沈んでいる。
それは――"マグロの姉" が原因だと云える。
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