荘厳なる少女マグロ と 運動会
車内では、
各々が
”物思い”
に耽っていた。
そして…――家族の視線は交差しない。
誰もが
家族メンバーのいない方角
を向いていた。
誰もが
誰かと視線が会いそうな気配を知ると
――前もって
避けた。
本を読んでいる
"マグロの妹" だけ、
<わざとらしさ>
が、なかった。
"マグロ" は
「fut」
と、窓外から
視線を
車内に
戻した。
"マグロ" は、"姉" を見た。
不安気に見えた。
"姉" は、
"マグロ" に見られている事に
気付いていない
様子だった。
ただ……――
宙を
「ぼんやり………」
見つめている
様に見えた。
"マグロ" には、
"姉" の息を飲む様子が、
見えた。
"マグロ" は
その時
《["姉" は] 過去の自分の演技でも見ているのだろう……》
と思った。
突然。
"姉" が目を見開いた
のが見えた。
瞬きはない。
"姉" は驚いた顔のまま、顔の向きを変えた。
その首は、
大昔の家屋
その屋根に取り付けられていたという
<風見鶏>
の様に動いた。
"姉" は、窓外を見た。
緊張で強張った顔だった。
途端。
"姉" の唇の端が
上を向いた
のが見えた。
糸で引っ張られる様な動きだった。
"姉" はそのまま――窓外を見ていた。
明らかに――微笑んでいた。
楽しさの表出ではなかった…
――そこに
――無垢も
――単純さも
――ない。
”企み”を含んだスマイル。
"マグロ" が
"姉" の視線の先を
追う。
流れゆく景色。
変わったところはない。
否……――在った。
窓の外。
窓の上。
黒い点。
黒い点が
――間隔を開けて
三つ
――縦に
へばり付いていた。
窓の上――
黒の
<三連星>。
"姉" は、それを見つめていた。
そして三つの内、
<真ん中の点>
に、人差し指を近づけよう
としていた。
"マグロ" には
すぐに
――"姉" の見つめる黒い点が
《………”ABEE”だ》
とわかった。
"マグロ":
《”ABEE”が車内を覗いてる……》
"マグロ":
《偵察されて…る?》
"マグロ" が、
声を上げようと
口を開いた。
その時だった。
"姉" が "マグロ" の動作に気がついた。
"マグロ" は声を出すのを止めた。
"姉" が
――素早く
――手の中指の背で
「katze」
「katze」
窓を叩いた。
車窓の外側に張りついていた
”ABEE”
が窓から離れ――
消えた。
跡を残さず。
"母親":
「……どうかした?」
中指の関節音を聞きつけ、
"母親" が "マグロの姉" を見た。
"姉":
「ううん………。何でもない」
"母親" は、"マグロ" を見た。
"マグロ" は "姉" を見た。
"姉" は "マグロ" を見つめていた。
微笑みは、なかった。
"マグロ" は、視線を逸らした。
声がした。
"マグロの姉":
「何でもないから……大丈夫」
"マグロ" の視線の先に、
”ABEE”
は、いない。