荘厳なる少女マグロ と 運動会
"マグロの母親":
《そういう事が実際に求められていて、
<芸術点>を出すジャッジが
”ルール”
なんだから、
しょうがないじゃない…》
そう思いながら
――"母親" は
納得しきれない自分に
直面していた。
"母親":
《女らしさ》
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ちょうど
「男らしい」
や
「女らしい」
という言い方自体が
「偏見ではないか?」
という見方が
市民大勢に
共有されていた
そんな時代であった。
ただ――なくなった訳ではない。
「性別に付されている<特徴>が在る」
と考える者は、
少なく
なかった。
[これは器官そのものの話ではない
――寧ろ、人間の行動や外見に関する話である]
実際、
女性で髪を短くする者もいるが、多くは伸ばしていたし、
男性で髪を長くする者もいるが、多くは短くしている。
髪の長さは性別を示す訳ではないが、
大勢は、
<自身の性別に於いて相応しいとされる基準>
に従っている。
その基準こそが
<らしさ>
で示されるのだ。
[それは性別特有の”徴”ではなく、
人間が性別に沿って社会的に作り出した”傾向”に過ぎない事は
既に何百年も前から指摘されている事なのだが、
その差がわからない者は未だにいる]
そして
――そういう
<男性らしさ>
<女性らしさ>
という”傾向”を
ステレオタイプにした
<フィギュア>
を
”重量スケート”
は
――明らかに
求めていた。
女性らしき――「柔らかさ」。
女性らしき――「優しさ」。
女性らしき――「笑顔」。
女性らしき――「色気」。
女性らしき――「母性」。
そして女性らしき――「貞淑」。
それらを
”重力スケーター”
が示す事は、
SJ [スピンジャンプ] の七回転を跳ぶ事よりも
<素晴らしい事>
とされていた。
少なくとも、
点数では
その様に
示されていた。
多くの者は語彙が足らない為に、
「表現力」
という名前で呼ぶもの。
ステレオタイプな――幻想。
そして
自身の望む<幻>にフィットした物にだけ
シンプルに言うのだ
――「凄い」と。
そうとしか、言えないのだ。
そして、
『ソネザァーキィ心中』の主役が
<おふつ>
であるにも関わらず、
演者が
<ジュリエット>
を演じていても
「凄い!」
という言葉を向けるのだろう。
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勿論、上の様な
”重力スケート”界の状況は
――現代の社会通念と照らし合わせてみれば
矛盾している。
しかし――
”重力スケート”は、
<矛盾>
という状態が
「当たり前」
となっている業界であった。
そして、
こうした
<当たり前である事>
――即ち
<慣習>
という物には
――屡
<本当にそうなのか?>
と疑問しないよう
誰かの頭を
”思考停止させる”
そんな作用がある。
その競技以外の事に関してなら
極めて冷静な
"マグロの母親" ですら
つい忘れてしまう程、
それは強力なのだ。
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"マグロの母親" は
――戦争にて
母性があり、優しい筈の<女性>が
旧式のブレット銃を乱射するのを目撃したし、
母性がない、競争心が強い筈の<男性>が
――攻撃せず
――逃げながら
子供を庇って死ぬシーンも目撃していた。
”ドラフト”
されて
戦地に行った
"マグロの母親" は、
<女らしさ>
が故の不条理を
――何度も
目撃していた。
<女らしい>
者が
<女らしい>
が故に男に助けられ、
その男に
<女らしい>
からという理由で傷つけられ、
<女らしい>
という理由で助けられたという理由で、
その
<女らしい>
者が
別の女達の手によって
”生を終わらさせられた”
所も見た。
"マグロの母親" 自身、
<女らしさ>
故の
”世の不条理”
を経験していた。
女性上司が
女性であるが故に
優れた男性部下を排除し、
女性を取り立てる様。
実力ではなく
知性ではなく
体力でもなく
<女らしい>
者が男性上司に好まれ
――自分より先に
昇進していく様を見て、
"マグロの母親" は、
良い気にはならなかった。
実力のない者が
「同じ女性同士じゃない……。
女性らしく、助け合わなきゃ」
と主張しながら、
同じ女性から
一方的に利益を奪っていく………
――そんな体験さえしていた。
そんな "母親" が
娘に向かって
言うのだ……
――「女らしく」と。
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"マグロの母親" は
頭が悪くなかったから、
夫の言いたい事が
わかっていた。
ただ、
"母親" は、
腹を立てていた。
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"マグロの姉" は、
"母親" の不機嫌を感じ取り、
話しかけなかった。
ひとりで――自分の演技を見ていた。
話をしていないと――<不安>が増大する。
顔が険しくなっていた。
沈黙に耐えられる "マグロ" とは対照的であった。
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昔の事を思い出しながら沈黙する "母親" の傍で、
"マグロの父親" は
――運転しながら
「fut」
と、胸に手を当てる。
”ドラフト”
に選ばれずに
<民間人>
の道を歩み続けた "父親"
その人の胸ポケットには、
<手紙>
が入っている。
朝
――暗い内に
"マグロ" が見つけた
無記名の
<手紙>。
卑猥な――手紙。
添付された――卑猥な写真。
その下で高まる――心臓の鼓動。
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