荘厳なる少女マグロ と 運動会
"マグロ" は手早く準備を終えた。
"姉" 程は、念入りにしなかった。
化粧だけは、"母親" がした。
《自分で出来る》
と
――"マグロ" は
思っているが
――それでも…
"母親" が、
した。
"マグロ" にとっては、
何色を
どれだけ塗ろうが、
関係がなかった。
だからこそ……――
"母親" が
――いつも………
「やる」
と言い張るのだった。
ただ "母親" は
――その日……
"姉" 程
念入りには
――"マグロ" に
メイクを施さなかった。
《じっと座っているのを
嫌がる子だし…》
と
――内心
言い訳していた。
《……時間がない》
とも思っていた。
どの様なシルコンスタンスであろうとも………――
"母親" が作業したお蔭で
――結果的に
――"マグロ" 本人が化粧した時ほど……
厚化粧には
ならなかった。
それは――確かだった。
―――――――――――――――――――――――――
"マグロ" が化粧を終えると、
"父親" が
――車庫に置いている
車に乗り込んだ。
"マグロ" は、
"妹" と
<試合で着る衣装を入れたバッグ>
と一緒に、
車へ乗り込んだ。
見ると――
"姉" の衣装は
――既に
――車の中に
在った。
三人と荷物は、待った。
"姉" は
"母親" と
――まだ
――家の中
<何か>
をしていた。
"母親":
『すぐに行くから』
とは言っていたが、
"父親" は
すぐに行ける
とは
思わなかった。
車内…――
"マグロ" は、
"妹" と
話をしなかった。
"マグロ" は
車窓を通じて
外を見ていた。
快晴だった。
車内に籠る……――沈黙。
気まずさ。
突然、
運転席に座っていた "父親" が
話し出した。
"父親":
「緊張してる?」
"マグロ":
「別にしてない」
"妹" は何も言わなかった。
"父親":
「緊張するのは普通の事なんだよ」
"マグロ":
「別にしてないから」
ただ………――笑顔がなかった。
ただ……
――"父親" が見ると
――その日の朝
――第一印象時に在った
頬の
<冷めた色>は、
改善されていた。
それでも
<温かみ>
は、なかった。
車内には
微量の緊迫が
発生していた。
"妹" は、
空気に
無関心の様だった。
"父親" が、娘の様子を窺っていた。
娘は、その気配に気付いていた。
"父親":
「今からそんなに気ぃ張ってると、
疲れるぞ」
"マグロ":
「うるさいなぁ」
それは
「passe [アクサンテギュ]」
と響いた。
籠らず――消えた。
透明の向こう側…――周囲は閑散としている。
静かで、
空から紫外線が緩く降り注ぎ
地表を温く
――穏やかに
している……――
そんな休日の朝。
仕事に向かう人影はない
――学校に向かう子供の姿はない。
幽霊も
――勿論
いない。
"父親" は
――娘に向かって
「お前、何様だ!
さっきから偉そうに!!」
とは、
言わなかった。
代わりに――言った。
"父親":
「別に地球最後の日じゃないんだ。
あんまり気が急っていると
――前みたいに
ジャンプを跳び急ぐぞ」
"マグロ" は、黙っていた
――"父親" へ
――無理にでも………
――視線を向けない様に
――していた。
口元が引き締まっていた。
その隣りで
"マグロの妹" は、
何も言わなかった。
"父親":
「もっと気楽にやればいいんだ。
別にお前の
<人間性>
が評価される訳じゃ
ないんだから。
父さんは……――」
"マグロ":
「ジャッジの文句は止めて」
"マグロ" は
――厳しく
言った。
"マグロ":
「聞きたくない」
"父親":
「体調が悪いんなら、今日は休んだっていいんだぞ?」
脅しの様に、響いた
――実際
――"父親" は
――そう聞こえる様に
――発していた。
"マグロ" は反論しなかった。
"父親" は、娘を見ずに、話し続けた。
"父親":
「…前も言ったけどな――
父さんは、
お前の事を、
応援しては
いるよ。
お前がやりたいんなら、やればいい」
"父親" は
――誰とはなしに
頷きかけた。
そして――続けた。
"父親":
「でも
――本当は……
お前に
<スケートを辞めてもらいたい>
って思ってる………。
それは今でも変わらない。
”重力スケート”
だけが
人生じゃない。
辛いなら……――ホッケーに行った方がいい。
”重力ホッケー”には
――馬鹿みたいな
<芸術点>
ってヤツがないんだからな。
jajaja。
今日も『来る』って言ってたけど、
○○君 ["マグロ" の同級生の男子] のお父さんが
――前に
誘ってくれただろ?
"○○君のお父さん" のチーム結構強くて、
全国大会行ったり
プロになる選手が
一杯出てるんだってさ。
それでも――
もしホッケーが嫌なら、
スケート自体
やらなくたっていい。
別の競技でもいい。
スポーツ自体――しなけりゃならない訳じゃないんだ。
もうすぐ受験だって始まるだろ?
受験に専念したって、何の問題もない
――多くの子供は、そうするんだから。
そうしてるんだから。
父さんは、
お前に
幸せになってもらいたいんだ。
見る目のない人間の意見なんて聞いて、
お前に悲しんでもらいたくない。
…お前には幸せになってもらいたいんだ……
――幸せであって欲しいんだ。
<芸術点>なんて、
お前の何も示していないんだから。
審査員なんて
何も見ていないんだから」
"父親" は鼻で笑った。
"マグロ" は、何も言わなかった。
"マグロの妹" が、"マグロ" に話しかけた。
"マグロ" は引き攣った笑顔で、答えた。
"姉" が、車に乗り込んできた。
車内の緊張の濃度が倍になった。
最後に
"母親" が乗り込むと
――家族は
”重力スケート”
の会場へ
出発した。




