荘厳なる少女マグロ と 運動会
"マグロ" は歩く…――食堂に向かって。
体調の悪さは、改善していない。
それでも……――
ふらつきは、しない。
《今日は試合なんだ》
と
――"マグロ" は
自分に言い聞かせる。
頭の中で、
<クラインの壺>
を跳ぶイメージが
繰り返されていた。
実際に
――現実的
――物質的世界で
"マグロ" は
両手を
太腿に
伸ばしていた。
頭の中で――着地に成功した。
そのまま――回転をした。
”重力ストーン”の上で、
スピンを続ける。
自己暗示で――
《出来る!》
《出来る!!》
すると――
そんな気がした。
頭の中の自分が、技を終えた。
頭の中の自分が直立する
――現実でも背筋を伸ばす。
ただ………――
身体が重かった。
"マグロ" は、
現実の自分が
頭の中の自分程
機敏には動けていない
と思った
――その思いは
――言葉に
――変換されなかった。
一歩前を踏み出す。
途端に過り、
膨れ上がろうとする
<不安>。
押し殺す。
ただ……――完了体であり続けなかった。
頬が青ざめていた。
―――――――――――――――――――――――――
食堂で、
"父親" が
色に
気付いた。
"父親":
「お前、体調悪そうだぞ。
大丈夫か?」
返事はない。
壁に映るニュースをミュートにした。
"マグロ" が椅子に座った…――
空中で手を
――闇雲に
振り回す "妹" の
隣に。
"マグロ"
「悪いけど、あっちでやって」
<手で払い除ける>
ジェスチャーを
伴っていた。
しかし、
トーンに
<意地の悪さ>
は、なかった。
"妹" は何も言わず
――椅子を床で引き摺りながら
――立ち上がり
――手で
――何もない宙を
――斬りながら
居間まで歩いて行った。
"マグロ" は、
テーブルの上を
見つめた。
目の前の食事――
そのニオイが――
鼻に――
来た。
栄養満点の――”ニオイ”。
吐き気がした。
ただ……――
<戻しそう>
では、なかった。
腹は減っていた。
ただ………――
練習を終えた時に
いつも襲ってくる類の
”アペティッ”
は、なかった。
"父親":
「熱でもあるんじゃないか?」
椅子の背に
片腕を掛けた
"父親" は、
<不安そう>
という形容に
「ぴったり」
な眉の形をしていた。
"マグロ" は食事に手を付けず、座っていた。
"父親" が、壁にタッチする。
ニュース画面が
――壁の上
小さくなった。
その脇に
――"父親" は
家のコントロールパネル
を開いた。
指で――操作。
幾つも画面を開くと――
食堂の映像が出た。
さらに "父親" が操作すると――
数字が出た。
"父親":
「(高)熱じゃ
ないみたいだけどな……」
"父親":
「踝の状態も
――それほど
悪くないみたいだし…」
そのまま
父が
壁をタップすると――
壁は、壁になった。
"マグロ" は
――椅子に座り
食事を見つめていた。
肩を窄めていた。
"父親" が、
"マグロ" の隣に
座った。
古風に――額に手を当てた。
娘は抵抗しなかった。
"父親":
「体調悪いのか?」
"マグロ" は、答えなかった。
だから……――
"父親":
「今日は休んだ方がいいんじゃないか?」
"マグロ":
「絶対にイヤ」
即答だった。
のみならず………――
"マグロ" は、
親に
<きつい視線>
を送った。
"父親" は
狼狽しなかったし、
怒りもしなかった。
ただ、
娘の額に置いていた手を
外した。
"父親" は
娘の
<頑なさ>
を知っていた。
そして
試合前の選手特有の不機嫌さを
――何度も
経験していた。
さらに
選手特有の
――理不尽な
八つ当たりも
――何度も
通過してきた。
だから――
"父親":
「こっちが無理と判断したら
止めるからな」
"マグロ" は黙っていた。
そして――朝食に手を付けた。