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荘厳なる少女マグロ と 運動会

 "マグロ" は、日差しを目に受け…――目を側める。




 "マグロ" は、部屋の中にいた。




 壁際で――微睡んでいた。




 見上げると――傍に窓ガラスがある。




 晴天だった。




 白を微塵も持たない澄んだ青の下、

 家並みの頭が見える。




 《見た事がある》


 ――そんな景色。




 そんな事を考えている頃にはもう、

 "マグロ" の意識は覚醒していた。




 ポウスチャーは、

 膝を抱く

 体育座りだった。




 「ママ……。あたし怖い………」




 振り返ると、"姉" がいた。




 "妹" もいた。




 "母親" と "父親" がいた。




 そして……――




 同じ練習場で

 同じ "コーチ" に教わっている

 ”重力スケート”の選手達が

 ――大勢

 ――部屋の中に

 いた。




 小さな部屋に――鮨詰め。




 部屋壁は、

 みすぼらしく

 見えた。




 部屋に、家具は、何もなかった。




 奥にドアが在った。




 みすぼらしいドアだった。




 閉まっている。




 "マグロ" は立ち上がろうとした。




 "母親" に

 ――小声で

 叱られた。




 "マグロ" は、

 一人だけ目立つような事がない様に

 した。




 「ふ」


 と

 ――"マグロ" は


 <"コーチ" の姿がない事>


 に、気がついた。




 そして…――




 "青年" の姿もない。




 "マグロ" は

 ――手慰みに……

 壁をタッチした。




 何も起こらなかった。




 "姉" の声がする。




 "マグロの姉":

 「………今日は試合なのに……」




 "母親":

 「黙って」




 "姉" の台詞は

 ”泣声のチューン”

 にて響いたが…

 ――その時

 "姉" がよくする

 <嘘泣き>

 のようには

 聞こえなかった。




 "母親" の命令口調は、普段通りだ。




 「ひそ……」




 「ひそ………」




 "母親" は "姉" を抱き、

 "父親" は "妹" を抱きしめていた。




 "姉" は喋り続けていて――

 "妹" は、不貞腐れた顔で、何も言わない。




 "マグロ" が他の家族を見る。




 親達は子供を抱いていた。




 ただ、

 <ジュニア>

 の年齢にある選手達で、

 親に抱かれている者は

 ――"マグロの姉" 以外

 いなかった。




 皆――




 「ひそ……」




 「ひそ…」。




 皆

 ――地面に座ったまま

 俯いている。




 "マグロの姉":

 「……シーズンの調整がつかなかったらどうしよう………」




 "母親":

 「しーっ……」




 "マグロの姉":

 「今日の試合に欠場したら、

  絶対にポイントが…――」




 "母親":

 「大丈夫だから」




 "マグロ" は、外を見た。




 日差しが降り注いでいる。




 動物一匹、いない。




 平和に見えた。




 その時だった。




 「――patch」


 と、音がした。




 "マグロ" は音の発生源を探した。




 何もなかった。




 また――




 「patch」




 "マグロ" は "父親" を見た。




 "父親" も

 <警戒した視線>

 を

 辺りに巡らせ、

 耳を澄ませていた。




 "父親" と "マグロ" の目が会った。




 "父親" は何も言わなかった。




 そして――人差し指を唇に当てた。




 また――




 「patch」




 "マグロ" は、窓ガラスを見た。




 黒い点があった。




 "マグロ" は振り返った。




 "マグロ":

 「パパ……」




 "父親":

 「大丈夫だから………。

  奴らは入って来れない」




 その時だった

 ――叫び声がした。




 「”ABEEあびー”よ!

  ”ABEEあびー”が来た!!」




 ――"マグロ" と同じ

 ――ノービスクラスの

 ――少女が

 ――部屋の真ん中で

 ――口を開いていた。




 皆が地面に坐り続ける中、

 少女はひとり

 立ち上がり、

 窓に向かって

 指差していた。




 顔が引き攣っていた。




 "マグロ" と目が会った。




 隣りにいた大人が、

 その少女の手を

 下から引き、

 座らせた。




 少女の口に、大人の手が宛がわれた。




 「……しっ」




 「しーっ…」




 ヒスが

 部屋に

 木霊していた。




 "マグロ" は窓ガラスを見た。




 黒い点は、同じ場所に在った。




 "母親" の声がした

 ――"マグロ" は振り返った。




 "母親":

 「……大丈夫。

  ”ABEE(あびー)”は、

  窓ガラスを壊せないから」




 "母親" は、"マグロの姉" にキツク抱かれていた。




 "マグロの姉" は、顔を

 "母親" の腹に沈めて

 小さくなっていた。




 "マグロの姉":

 「ママ、あたし怖い………」




 "母親" は

 "マグロの姉" の肩に

 腕を

 沿わせる様に

 置いていた。




 "マグロの姉":

 「……ねぇ。

  ”ABEEあびー”に刺されたら、痛いの?」




 "母親":

 「そんな事考えなくていいから…」




 "マグロの姉":

 「昔の”ABEEあびー”は、爆発したんでしょう?」




 "母親":

 「今の時代は、そんな事ないから……」




 "マグロの姉":

 「刺されても

  『ちくっ………』

  って――

  痺れる

  だけなんでしょう……?」




 その時に交わされた

 "母親" と "姉" の会話を

 "マグロ" は

 以前

 聞いた事がある様な

 気がした。




 "マグロ" は、窓ガラスを見た。




 ボットが残す

 アクセス痕跡

 の様な…――




 黒い点。




 ボディが光を発している様には見えない

 ――外があまりにも明るいから。




 黒い点は、動かない。




 機械部品で構成されている様には見えない。




 ―――――――――――――――――――――――――




 ”ABEEあびー”開発の歴史を鑑みれば、当たり前の事だ。




 機械らしい外装のままでは、カムフラージュの役に立たない。




 ―――――――――――――――――――――――――




 "マグロ" がそれを観察していると――




 「……patch」




 窓ガラスに、黒い点が増えた。




 「patch」




 また。




 「patch」




 "父親":

 「大丈夫だから」




 部屋の中で話す者は、いなくなっていた。




 静寂の中

 ――間隙の様に

 また――




 「パチ………」




 「パチパチ……」




 「パチパチパチパチ…」




 「パチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチ……」




 「パチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチ………」




 音のしるしとして

 黒い点が在り、

 透明な窓ガラスを

 その色で

 塗り潰していく。




 それは止まなかった。




 黒い点は増加を

 ――いつまでも

 止めなかった。




 窓ガラスから

 日差しの兆しが

 失われ――




 部屋に坐る皆が、闇を被っていく。




 誰も

 何も

 言わなかった。




 言っても、黒い点の放つ音で、掻き消されていた。




 "マグロ" は震えた。




 そして――




 暗くなった部屋の中、

 "マグロ" は

 ――黒い点の

 ――爆ぜる様な音

 ――そのアマルガムの中


 「みし……」


 と、

 黒に覆われた窓ガラスが

 凸面に

 撓るのを見た。



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