荘厳なる少女マグロ と 運動会
"マグロ" の同級生に、少年がいた
――"マグロ" にとって
――特に好きだった訳ではない
――"少年"。
ただ…――嫌いだった訳でもない。
"マグロ" には
――頭の悪い者が常に口にする
「男ってみんな子供だから!」
などという
<偏見>
が、なかった。
"少年" とは、
親同士が知り合いであったし、
家も近かった。
公共の遊び場では、別々に遊んだ。
少年は他の少年達と。
少女は他の少女達と。
少年の数が少ない場合、少年は少女グループと混ざる事も在った。
逆の場合も在った。
ただ、
親同士が
茶飲み話を成立させようと機会を設けた時、
"マグロ" と "少年" は
一緒に遊ぶ事が
必然となっていた。
よく映像ゲームをした。
"少年" は "マグロ" の家にあるゲームをしたがらなかったが、
"マグロ" は、"少年" が好むゲームをよくした。
ゲームで競う時、
"少年" は――手を抜かなかった。
"マグロ" も――手を抜かなかった。
競争の結果が明らかになる事によって、
仲が険悪になる事はなかった。
どちらかが不貞腐れる結果となっても、
感情はすぐに洗い流され、
遺恨へと転じる事はなかった。
そんな二人が、アイススケートをやる機会が在った。
その日は寒くなかったが、
ドーム型の会場は
とても寒かった。
どんなに科学技術が進展しようとも、
四季が変わらず在り続ける国に
二人は住んでいた。
<友達>というグルーピングで囲われた集団が、
借りた靴を履く。
氷が溶けて、
表面に水っぽさが
――大分……
在った。
"マグロ" は経験者であったから、
初体験であるというその "少年" を教えた。
手取り。
足取り。
他の子供は
他の子供で、
教えたり
――ただ楽しんだり
した。
参加者の中で唯一、初心者にも満たないレベルの "少年" を
"マグロ" は
――自分の娯楽を犠牲にして
教えてやった。
"少年":
「無理だよ!」
"少年":
「待って!!」
"少年":
「痛い!!!」
"マグロ":
「大丈夫!!」
"マグロ":
「みんな最初はそうだから!」
"マグロ":
「ブレードで、カタカナの<ハ>の字を描くようにして!!
そうやって前に進むんだよ!!!」
"少年" は、氷の上を、何度も転んだ。
その度に、"マグロ" は
手を取り
抱きかかえた。
"マグロ":
「大丈夫?」
そして――励ました。
薄氷ではない地面を踏み出す事を恐れていた少年は、
立てる様になった。
そして
――相変わらず転びながらも………
前に進む事が出来る様になった。
"マグロ" にとって、特別な事はなかった。
幼い妹がいたし、
他にもスケート初心者を教える機会が
――何度か
あったから。
そして自身の教授法は
実を結ぶ事を知っていた。
日が沈む頃には、
少年は転ばずに一人で立つ事が出来、
他の皆と並んで滑る事が出来た――
勿論、他とは出せるスピードが違った、が。
その日の帰り道、
"マグロ" は、女友達に冷やかされた。
"女友達":
「○○ ["マグロ"] ちゃん、
今日は
ずぅぅぅぅぅっと
あいつ ["少年"] と練習していたね!!」
"マグロ":
「うん」
それは、<当てこすり>であった……
――そして "マグロ" には効果がなかった。
そして、
当てこすりを言う者は、
”効果がない”
と見るや否や、
表現をより直接的にするものだ。
"女友達":
「もしかして、○○ちゃんて、あいつ ["少年"] が好きなの?」
"マグロ" は否定した
――必死に否定した。
”好き”という言葉が持つ意味の範囲内に
<恋愛>が混入する事がある
その事を知っていた時期であった。
ただ、
必死に否定すれば、
"ろくでなし" は
「自分の妄想が真実だ!」
と錯覚するするものだ。
そしていくら否定しようとも、相手を信じないもののだ。
話は終わった。
しかし、"マグロ" の頭の中で、その話題が消える事はなかった。
"マグロ":
《別に何でもない!!》
"マグロ":
《当たり前の事をしただけだし!!!》
ただ――少女は思い出す。
氷の上で、手を繋いでいた事。
氷の上、"少年" を抱きかかえた事。
"マグロ" にとって、相手は同級生であった
――ただ
――年下ではなかった
――年上でもなかった。
少女にとって、相手は<少年>ではなかった。
男であった。
"マグロ":
《て、手をつないだって言っても、手袋してたし…》
"マグロ":
《手袋してたし……》
接触する二者の間に障害が在るという事は、
幼い子供にとって、
レトリックとして用いられる事があろうとも、、
否定のクルーシャル・ヒットにはならない。
少女は、その日の出来事を思い返していた。
手袋に包まれた "少年"
その<温もり>に
――直接
触れた様な気がした。
指先が――ティクルする。
少女は手で拳骨を作る
――親指とその付け根で
――すべての指先を隠す様に………。
”こそばゆさ”は消えなかった。
顔の火照りを知った。
ふと、女友達が見つめている事に気がついた。
少女は場から立ち去った。
"マグロ":
「じゃあまた明日!!」
少女は、皆に手を振った。
少女は
わざとらしく、
視界の中にいる
"少年" の姿を
除去しようとしていた。
少女は、恋に落ちていた。