荘厳なる少女マグロ と 運動会
"マグロの姉" は、
演技を終え、
空中で静止した。
華が咲く様に…
両腕を大きく横に開き、
#クロスフット#
でフィニッシュしていた。
息が上がっている。
"コーチ":
「笑顔を忘れている!
ちゃんと笑って!!」
"マグロの姉" は……――作り笑いをする。
顔の表情も
<芸術点>
の加点対象であるから。
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その加点判断に
厳密な基準は、
設定されていない。
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そういえば
何年か前の世界選手権で、
”恋人に捨てられて苦しむ者”
が唄う悲劇的アリアを
<プログラム・ロング>
の曲として選んだ者がいた。
演技中、
ずっと顔を顰めていた。
加点はあまり付かなかった。
その話をしている時――
「だって、あの子ゼンゼン笑わないんだもん!!!
見てて楽しくないし!!
楽しくないものに
減点は当たり前でしょ?」
――という意見があった。
曲が持つ悲劇的テーマについて話したら――
「知らないし、興味ない。
大切なのは、
”楽しいか?”
”そうじゃないか?”
だけ」
――との事。
そういう意見者とは………――話しても無駄。
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"マグロ" は、
自分の音楽を聞きながら
"姉" の動作を
――食い入る様に
見つめていた。
それは、研究する、姿勢だ。
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確かに、"マグロの姉" のポジションは綺麗だ。
ただ、百合というより――
「ラフレシア」。
鶴というより――
「コンドル」。
立ち姿には
――王族の様な
近寄り難さがある。
常人にはないその”柔軟さ”は、
<#クロスフット#する足先>
<曲げられた肩の可動域の限界>
にも表わされている
それでも、
"マグロの姉" は、
腕の開き方が
「大振り」
なのだ。
綺麗だが――<洗練>がない。
動きに力強さはあるのだが――
所作に<繊細さ>がないのだ。
<何をしているのか?>
<何をどうするのか?>
は理解しているが、
<何故、その表現をしているのか?>
を理解していない者特有の
――からっぽ。
大人ぶった子役特有の――臭さ。
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"コーチ":
「何度も言ったよね?――
腕を柔らかくするのを忘れてる!
――って。
男を誘う様に!!
――って」
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ちゃんとしたコーチであるなら、
「両腕を横に開く時
腕を
――屏風の様に
開いていく速度よりも
遅いスピードで
指をそれぞれ
――外側に
反らせていく
――それも
――特に
――中指と薬指に
――差をつけるようにする」
といった指摘や、
「最後ポジションを決める時は、
勢いを付けて突然
『バン!!!』
といきなり終わらせないで
音楽が終わった後も緩やかに
――蕾が萎れる様に……
――収束させる様なイメージで
キメポーズまで持っていく」
等と指摘するだけで、
オペラ
『ル・ファントーム・ドゥバレ』
(『バレエ座の怪人』)
で歌われる
「セ・アンフォルフェ・モデ・ク・ブゼット・ベル」
(「美しさは罪」)
という曲で語られる
ヒロイン(バレリーナ)の
<圧倒的な美しさ>
に
――演者を
近づけさせる事が
出来るだろう。
ただ――その "コーチ" には、出来ない。
出来ないのだ。
抑々、
ちゃんとしたコーチであるなら、
アドバイスをする時、
自分で滑って見せるだろう。
その
――太って
――動こうとしない
"コーチ" には
出来ないのだ。
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どこの世界も同じだ
――文章だって同じ。
出来もしない者が、
出来ない事を
アドバイスする。
そして――
それを聞き入れる方が間違っているのだ。
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"コーチ":
「今のは良かったけど、
<女性らしさ>
を忘れないで!!」
―――――――――――――――――――――――――
抑々、
<女性らしさ>
とは何なのだ?
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"コーチ":
「じゃ、次」
そして
"選手8" が
――"マグロの姉" と
――入れ替りに
リンク中央に出る。
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その後――何人か演技をした。
<ジュニア>選手全員の演技が、終了した。
"コーチ" が
総括的アドバイスをし、
<ジュニア>クラスの練習
その終了を告げた。
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"マグロの姉" は、
その日最後の練習を終え
――力なく…
”重力ストーン”の高度を下げていく。
さすがに
一日の疲れで、
その顔は
やつれて
見えた。
肩を窄めていた。
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<その日の練習を終えた>
と云っても、
"マグロ" と同じ分だけ練習していた
という事にはならない。
"マグロの姉" は
その日
先ず、
早朝に始まる朝練に出た。
”重力スケート”の強化指定選手であるから
――"マグロ" と違い
午後も
――"コーチ" とマンツーマンで
練習をした。
(学校の授業は午前中だけだ)
そして
――最後に
夜の練習を終えたから
――午後の間は学校にいて
――喧嘩をしていた
"マグロ" よりも
ずっと長く
リンクにいた
と云う計算になる。
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因みに、
スポーツ強化選手が行う長時間の練習は、
善意の市民から
「子供への虐待だ!」
と通報される時代だった。
通報に対処する為
――裁判を避ける為
親が子供にスポーツをさせる
若しくは
子供がスポーツを行う事を希望する
そんな場合は、
親と子供、コーチやそのスポーツの協会などが
全員で
――弁護士を立て
契約を結ぶ時代であった。
親によっては、
「気温が何度以上
練習時間全体が何時間に於いて
何回水分補給をさせるのか」
と云った条項を付け加える者もいるという。
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石を抱いた "マグロの姉" がリンクを出た
――リンクには
――入れ替りに
――<シニア>選手が
――入っていく。
"マグロの姉" が歩く……
――石を抱いて
「とぼとぼ………」
――と。
その脇をすり抜けた "青年" の後姿を――
"マグロ" が見つめていた。
"マグロの姉" を見つめ続ける "母親" は
――"コーチ" と同じ様に
"マグロ" の恋に気付かない。
というより……――興味を持っていない。
"母親" は、
"マグロの姉" が近づいて来たところで
立ち上がった。
"姉" は、"母親" に”重力ストーン”を渡した。
"母親":
「喉が乾いていない?」
"姉" は何も言わない。
歩き始めようとしていた。
"母親":
「ドリンクでも…」
"姉":
「いらない!!」
「ぴしゃり!!!」
と言葉が……――スナップした。
音尾――バイブレーティング。