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荘厳なる少女マグロ と 運動会

 スペースリンクの真ん中で演技をしている

 "マグロの姉" は

 ――シーズンが始まっていないにも関わらず…

 ”絶好調”

 と呼ぶ事が出来るピリオドを迎えていた。




 昨シーズンのベストの頃と同じ位

 身体の柔らかさを維持し、

 ジャンプも

 失敗を

 ――ほとんど

 しなかった。




 "コーチ" からのアドバイスを信じ、

 新しいジャンプを練習せず、

 以前と同じレベルのジャンプに

 磨きをかけた

 その結果だ。




 ―――――――――――――――――――――――――




 ちょうど、

 ”重力スケート”界に於いて、

 ジャンプの難しさを

 ――比較的

 問わない時期にあった。




 <シニア>女子のトップ選手で

 六回転スピンジャンプ(SJ)

 をプログラムに入れる者がいたが、

 四回転SJの三連続を組み入れた選手に

 ――大差で

 負けていた。




 [※はっきり言って、四回転SJ三連続は、世界<ジュニア>のレベルだ]




 ―――――――――――――――――――――――――




 "コーチ" も

 "マグロの姉" 本人も

 その年、


 <柔軟性と表現力の加点>


 で

 ――昨シーズンと同じ技術レベルでも


 「勝つ事が出来る」


 と見込んでいた……

 ――実際

 ――海外選手を研究し

 ――細かな失敗などを計算して

 ――見込んでも

 ――その様な答えは

 ――簡単に

 ――導き出されるものだった。




 ―――――――――――――――――――――――――




 リンクを滑る "マグロの姉" は、

 自信に満ち溢れて

 見えた。



 

 昨シーズン、

 ジュニアの一年目で国際試合に勝ち

 ――南アフリカでは

 ――現地の水が合わず

 ――体調を悪化させ

 ――疲労の蓄積と

 ――集中力の欠如から

 ――落石した為に

 ――表彰台に一歩及ばなかったのは

 ――例外だが………

 同じ国出身選手が中々手に出来ない称号を得

 ――国内でも好成績を収め

 少し年代が上の選手を

 大勢

 退けた事から

 ――"マグロの姉" は


 <他人と自分が違う事>


 を強く意識するようになっていた。




 勿論、態度では示さない様に努めていたつもりだった

 ――本人は。




 ただ――関係はない。




 周りは、

 <実績>と云うフィルターを通して見る様になった為に、

 以前の様な付き合いを

 求めなくなったのだから。




 周囲の卑屈さと

 "マグロの姉" の自信は

 ――練習場で

 対照的に見えた。




 怪文書が激しく回っていた頃、


 「思い上がり」


 と影では非難されたが、

 面と向かって攻撃する者はいなかった――




 "マグロ" 以外は。




 "マグロ" は、

 自信を隠さない "姉" が

 ”勝利した”

 からといって

 態度を変えはしなかった。




 実際、

 "マグロ" だけは

 ――"姉" に非があると信じている時

 面と向かって、

 指摘する事が出来た。




 「姉妹同士である」


 という状況だけが

 理由ではない……

 ――"マグロ" は

 ――"姉" が習得していない

 ――必殺技

 ――<クラインの壺>

 ――を習得していたから。




 ―――――――――――――――――――――――――




 因みに、

 "マグロの姉" も


 <クラインの壺>


 を練習した事があった。




 "姉" は、妹に出来る技が


 《自分も出来るハズ!》


 と思っていた。




 百本近く跳んで、

 一度だけ

 成功した。




 三回転で。




 それも、ひどく――緩く。




 ただ…――




 練習に深入りする前に、

 "コーチ" によって

 釘を刺された。




 "コーチ":

 「怪我したらどうするの!!

  ――選手生活はまだ長いの!!!

  もっと他の技の完成度を高めなさい!!」




 なんて――テンプレ意見。




 ただ――少女には効果的。




 "コーチ" に、


 「勝利には難しい技が必要ない」


 と説得され、

 "マグロの姉" は、

 新しい技の習得を

 ――それ以上

 目指さなかった。




 ただ……――敗北感はなかった。




 「出来るのだけれど、やらない」


 というスタンスを取ったのだ。




 「何より演技の完成度を高める」




 何より――実績があるのだ。




 高難度の技を行わずに得た――実績。




 そこには――説得力がある。




 実績は

 実力を

 ――必ずしも

 示さないにも関わらず、

 "マグロの姉" は

 ――完全に


 「両者はイコール関係にある」


 と錯覚した。




 革新的な事を追求せず、足踏みをする事を選んだ。




 実際、

 "マグロの姉" は

 六回転スピンジャンプ(SJ)を跳べない。




 五回転がやっと

 ――低確率で

 跳べる位だ。




 それでも――




 「勝てれば良い」。




 だから

 ――表だっては言わなかったが

 "マグロの姉" は

 妹が

 高難度の技である


 <クラインの壺>


 を練習で見せつける毎に

 思っていた。




 "マグロの姉":

 「ホント無駄な事しちゃって………。

  四回転三連続やって加点もらった方が、

  <クラインの壺>を単独SJの最後でやるより

  点数が高いのに……」




 ―――――――――――――――――――――――――




 姉妹の間で、口喧嘩は頻繁にあった。




 だからといって、

 "マグロの姉" と "マグロ" が

 憎み合っていた訳ではない。




 二人には

 ――根底に


 <相互への思いやり>


 があり、

 最悪の結果になる前に

 歯止めを掛ける事が出来ていた。




 何より

 ――不和の後に

 謝罪の言葉

 があった事が

 功を奏していた

 ――と言えた。




 ―――――――――――――――――――――――――




 "母親" は、二人が喧嘩を始めた時は、放置していた。




 ただ

 ――どちらかと言えば

 "姉" の側に付く傾向にあった

 ――と云えるだろう。




 "母親" は、

 "マグロの姉" の好成績を素直に喜んでいたし、

 自分にはない


 <"マグロの姉" の体形の良さ>


 ――運動能力

 を誇りに思っていた。




 ―――――――――――――――――――――――――




 そんな "母親" が、娘を見つめていた――




 息を飲んで。




 もう一人の娘の方には、見向きもしなかった。




 "母親" は

 "マグロの姉" の

 一挙手一投足

 を見守る。




 そして

 ――"マグロの姉" がぐらつくと…


 「ああっ!」


 と声を上げて、

 その腰も上げる。




 "母親":

 「もう!! 何やってんだか!!!」




 "母親":

 「試合も近いのに!!」




 "マグロ" は


 《いつもの事だ》


 と思った。




 "マグロ" は、

 "母親" の扱いに

 差がある事を

 知っていた。




 気分を害する事もあった。




 ただ……――




 実績のある "姉" の方に

 注意が

 自分より

 集まっている事が、


 《当たり前だ………》


 とも思っていた。




 "マグロ" は

 まだ

 勝っていないのだから。




 ―――――――――――――――――――――――――




 "母親" は決して

 ――"マグロ" に対して

 冷たい訳ではない。




 虐待とは程遠い。




 実際、

 "母親" は、

 "マグロ" が


 <クラインの壺>


 をプログラムに入れたいと望んだ時、

 背中を押し、

 振付師と "コーチ" を

 ――自ら

 説得した。




 ただ――




 "マグロ" と "姉" では、


 <思い入れ>


 が違うだけだ。




 自分に似て絶世の美人ではない "マグロ" よりも

 自分が持てなかった”賞賛”を得ている娘の方に

 入れ込んでいるだけだ。




 ―――――――――――――――――――――――――




 オペラ『バレエ座の怪人』の挿入歌


 「美しさは罪である」


 という曲をバックに踊る娘を見ながら――




 "マグロの母親":

 「もう、試合が近いっていうのに……。

  あれほどバックロール(BJ)では気を抜くな

  って言ってるのに…」




 その呟きを聞いてから、

 "マグロ" は

 <音楽プレイヤー>

 を取り出した。




 そして――耳栓をした。



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