荘厳なる少女マグロ と 運動会
"マグロの姉" は
母親を呼びつけた後、
何やら言っていた。
"マグロ" には、聞こえなかった。
それに…――聞こうとしなかった。
"マグロ" は、
二人の傍に
寄らなかった。
"姉" と目が会った。
"姉" はすぐに視線を逸らせて、
"母親" に何か言った。
"マグロ" は腹を立てなかった。
そのまま
"マグロ" は、
”重力ストーン”を
仕舞いに
行った。
練習場で借りている
専用ロッカーに行こうとして――
気分を変えた。
―――――――――――――――――――――――――
"マグロ" は、
<冷却メンテナンス装置>
の中に、
石を置いた。
”重力ストーン”内部の
<トリチウム>
を
<更新>
するのだ。
―――――――――――――――――――――――――
”重力ストーン”の使い手は
――最低一日に一度は
「更新」を行う事が推奨されていて、
いくら道具を大切にしない "マグロ" でも、
この作業は欠かさない……
――ただ
――"マグロ" は
――他の者より
――頻繁ではないだけ。
「更新」しないと
核磁気共鳴レベルが下がり、
石のコントロールが鈍くなるのだ。
[※因みに、
トリチウムといっても
――この時代………
被爆の問題は
クリアしている]
―――――――――――――――――――――――――
"マグロ" は
石を預け、
鍵をした
――”重力ストーン”は
――高級品
――なのだから。
機械がする事に口や手を挟む必要はないから、
"マグロ" は
”ドゥーシ”に入って汗を流し……――
着替えた。
カバンを掴み、
”サロン・ドゥ・バン”を出ると、
同じノービスクラスの選手が
――スペースリンクから
出てくるのが見えた。
"マグロ" とよく話をする
――競争意識がそれ程強くない
同僚
――"選手7"
が、
――"マグロ" に
<身体を労わる言葉>
を掛けた。
必要なかったが、"マグロ" は、
「大丈夫」
と返し、感謝の言葉を述べた。
それだけだった。
―――――――――――――――――――――――――
リンク傍に戻ると、
既に
ジュニアの練習
が始まっている
のが見えた。
リンクには、"コーチ" のアドバイスが響いている。
同じ様なアドバイス。
"コーチ":
「もっと柔らかく!」
"コーチ":
「もっとジャッジを誘惑する様に!!」
"マグロ" は、
選手の家族の為に用意されたスペース
に移った。
”ベンチ”が並んでいる中…――
"マグロ" は、
母親の姿を
見つけた。
"母親" も、
娘の姿を
見つけた。
"マグロ" は、
"母親" の傍まで
歩いた。
"マグロ" が隣りに腰掛けた途端――
"母親":
「とにかくあんた、
試合が終わったら、
○○ ["少年"] 君に
謝りに行きなさいよ」
"マグロ" は
その時になって、
<その日に壊れた恋>
について、
忘れていた事を
思い出した。
<喧嘩>
についても、
忘れていた事を
思い出した。
新たな恋を始めた後では、
以前の恋と
その見苦しい結末は
なかったも同然であった。
ただ……――刺激されれば思い出す。
"マグロ" の頭の中、、
喧嘩し、
暴行を揮われた記憶が甦り………――
苛立ち。
が……――
"マグロ" は、
自分も
相手と同じ程度
暴行を加えた事も
忘れてはいなかった。
そんな "マグロ" は、
"少年" の事を考えている間、
"青年" の事を忘れていた。
"母親":
「…聞いてるの?」
"母親" の口癖を耳にして、
"マグロ" は頷いた。
言葉は返さなかった。
"マグロ" は
何も言わず、
カバンから
<眼鏡>
を取り出した。
掛ける。
オン。
空中に
――ホログラムの様に
文字が浮かび上がる。
現実には――何もない。
他の誰にも――見えない。
そんな文字。
"マグロ" は
目の前を
――現実には何もない場所を
人差し指で
突いた。
人差し指の動きをデバイスが察知し
――空中にて
メールソフトが
展開
した。
眼鏡を掛けた
"マグロ"
にだけ見える情報。
"マグロ" は
――人差し指を
横に滑らせる。
テキスト形式のメールが来ていた。
"少年" からであった。
謝罪の言葉であった。
"マグロ" は腹を立てていたが、
立て過ぎの状態を
収めた。
"マグロ" が
"少年" からメールが来ている事を
"母親" に告げると、
"母親":
「あんたもちゃんと謝りなさいよ。
メールでも良いけど、
ちゃんと面と向かっても、
謝っておきなさいよ」
"マグロ" は諦めない性格であったが、
依怙地な性格ではなかった。
だから――すぐに自身も
<謝罪のメール>
を送り返す。
音声入力にすると
隣りにいる "母親" にメール内容を聞かれてしまう為、
テキスト入力にした。
聞かれても問題はなかったが、
皆
そうするのだ。
テキストと言っても
――古典的な”手紙”の様な
一方的なメッセージ。
アンスタント・テキストではない。
アンスタント・テキストで
――”チャット”の様に
――時差を置かず
やり取りをする程、
蟠りが減少した訳でも
なかったから。
"マグロ" はメールを書きながら――
<アンスタント・テキストどころか
――学校外の時間に……
"少年" と
やり取り(コミュニカシォン)そのもの
を
――随分と長い事
行っていない>
事を思い起こしていた。
思い起こすだけで………――痛感はしない。
―――――――――――――――――――――――――
他人から見ると
何もない空間で
"マグロ" は、
指を振り回している。
宙で、何かを揉むポーズをする。
メールが送り終わった。
"少年" は、
ディクライン設定
をしていなかった。
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"マグロ" は
"母親" に
話しかけようとした。
"母親" の横顔を見た時、
"マグロ" は、
"姉" の演技が始まっている事に
気付いた。