荘厳なる少女マグロ と 運動会
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"コーチ" は、
"選手6" の演技を見ながら
――リンクの隅にいる
"マグロ" の
<啜り泣き>
を見ていた。
聞いていた。
"コーチ" は、
<"マグロ" の悔しさがそこに表現されている>
と解釈した。
”号泣”の背後にある
――悔しさが成立する為の
――前提である
<恋>
については、
気付きもしなかった。
練習を離れれば
”性”と”恋愛”についてのみ考え、
友人や周辺の者との話題は
すべて”それら”で構成され
下種の勘繰りが日常茶飯事である関わらず、
"コーチ" は、
<大人になりつつある少女>
を見抜く事が出来なかった。
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その様なものだ。
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物事に対して諦めない性格――
["コーチ" にとっては、
「頑固」
と表現される]
そんな少女が滅多に見せない
<弱み>
を目撃して
――"コーチ" は
穏やかになる。
「fut…」
「fut……」
と沸いていた
”生意気な少女”
”若い頃の自分にはなかった
<実力>
を持つ少女”
に対する憤りが冷える。
そうなったからといって
<クラインの壺>
が出来る様にならないし、
実力を見せつけられれば
また苛立つ事には
変わりがないのだが。
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昔から、
人間関係を円滑にする為のアドバイスとして
<自分の弱みを見せるべきだ>
というテンプレがある。
世の中、
完璧な者より、
弱みを見せる者の方に
――多くの人間は
親近感が湧くから
というものだ。
そんな、
人間の美点ではなく
<弱み>しか見ない人間
に好かれる事が
そんなに大切なのだろうか?
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"マグロ" は袖で
目を
薙ぎ払いした。
遂に――無表情を作った。
紅潮が
――皮膚を透けて
見えた。
まるで
生クリームを絞り出す様に、
ヒッキャプは治まった。
"マグロ" は顔を上げた。
自分専用の”重力ストーン”が、
すぐ傍に
落ちていた。
もう――涙は出なかった。
苦しみは、比較的安定した息遣いの中に、紛れた。
ただ――
<滴が睫毛を依然として濡らせている事>
<白眼に絡む葉脈の様な充血>
が
<"マグロ" の隠そうとした事>
その証拠として
残り続けていた。
"マグロ" は立ち上がる。
自分が勝負する為の武器を掴んだ。
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"マグロ" は
ストーンを抱いたまま
リンクを出る。
母親がいた。
練習では滅多に泣かず
弱音を吐かない
そんな "マグロ" が泣いているのを
――リンクの外から
"母親" は
見守っていた。
"マグロ" は "母親" の前に立った
――敢えて "母親" を見なかった。
"マグロ" は何も言わない。
"母親" は、"マグロ" に体調を尋ねた。
"マグロ" は状態を伝えた。
ぶっきらぼうだった。
"母親" が幾ら言葉を掛けても
少女は心を開かなかった。
少女は "母親" を信頼していない訳ではなかった。
言うべき事がないだけだ
――言うべき時が来たら言うだけだ。
それに………――
すべての
<恋>
というものが
――恋した途端
<「恋」という言葉>
に
――瞬時に
転じるとは
限らない。
そして
少女が使う
<「恋」という言葉>
が
本当の
<恋>
その
”シェイプ”であるとは
限らない。
言葉が内実を意味するとは限らない。
"母" は、
娘が
《不貞腐れてる》
と解釈した。
その時だった。
"マグロの姉":
「ママ! ママ!! ちょっと来て!!!」
"母親" は、目の前の少女から、視線を逸らした。
自分に注目が集まっていない
その隙に
"マグロ" は "青年" を見た。
"青年" の視線は……――
現実には存在しない
<ブロックの落下>
だけを捉えている。




