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荘厳なる少女マグロ と 運動会

 ―――――――――――――――――――――――――




 "コーチ" は、

 "選手6" の演技を見ながら

 ――リンクの隅にいる

 "マグロ" の


 <啜り泣き>


 を見ていた。




 聞いていた。




 "コーチ" は、


 <"マグロ" の悔しさがそこに表現されている>


 と解釈した。




 ”号泣”の背後にある

 ――悔しさが成立する為の

 ――前提である


 <恋>


 については、

 気付きもしなかった。




 練習を離れれば

 ”性”と”恋愛”についてのみ考え、

 友人や周辺の者との話題は

 すべて”それら”で構成され

 下種の勘繰りが日常茶飯事である関わらず、

 "コーチ" は、


 <大人になりつつある少女>


 を見抜く事が出来なかった。




 ―――――――――――――――――――――――――




 その様なものだ。




 ―――――――――――――――――――――――――




 物事に対して諦めない性格――


 ["コーチ" にとっては、

  「頑固」

  と表現される]


 そんな少女が滅多に見せない


 <弱み>


 を目撃して

 ――"コーチ" は

 穏やかになる。




 「fut…」


 「fut……」


 と沸いていた


 ”生意気な少女”


 ”若い頃の自分にはなかった

  <実力>

  を持つ少女”


 に対する憤りが冷える。




 そうなったからといって


 <クラインの壺>


 が出来る様にならないし、

 実力を見せつけられれば

 また苛立つ事には

 変わりがないのだが。




 ―――――――――――――――――――――――――




 昔から、

 人間関係を円滑にする為のアドバイスとして


 <自分の弱みを見せるべきだ>


 というテンプレがある。




 世の中、

 完璧な者より、

 弱みを見せる者の方に

 ――多くの人間は

 親近感が湧くから

 というものだ。




 そんな、

 人間の美点ではなく

 <弱み>しか見ない人間

 に好かれる事が

 そんなに大切なのだろうか?




 ―――――――――――――――――――――――――




 "マグロ" は袖で

 目を

 薙ぎ払いした。




 遂に――無表情を作った。




 紅潮が

 ――皮膚を透けて

 見えた。




 まるで

 生クリームを絞り出す様に、

 ヒッキャプは治まった。




 "マグロ" は顔を上げた。




 自分専用の”重力ストーン”が、

 すぐ傍に

 落ちていた。




 もう――涙は出なかった。




 苦しみは、比較的安定した息遣いの中に、紛れた。




 ただ――




 <滴が睫毛を依然として濡らせている事>


 <白眼に絡む葉脈の様な充血>


 が


 <"マグロ" の隠そうとした事>


 その証拠として

 残り続けていた。




 "マグロ" は立ち上がる。




 自分が勝負する為の武器を掴んだ。




 ―――――――――――――――――――――――――




 "マグロ" は

 ストーンを抱いたまま

 リンクを出る。




 母親がいた。




 練習では滅多に泣かず

 弱音を吐かない

 そんな "マグロ" が泣いているのを

 ――リンクの外から

 "母親" は

 見守っていた。




 "マグロ" は "母親" の前に立った

 ――敢えて "母親" を見なかった。




 "マグロ" は何も言わない。




 "母親" は、"マグロ" に体調を尋ねた。




 "マグロ" は状態を伝えた。




 ぶっきらぼうだった。




 "母親" が幾ら言葉を掛けても

 少女は心を開かなかった。




 少女は "母親" を信頼していない訳ではなかった。




 言うべき事がないだけだ

 ――言うべき時が来たら言うだけだ。




 それに………――




 すべての


 <恋>


 というものが

 ――恋した途端


 <「恋」という言葉>


 に

 ――瞬時に

 転じるとは

 限らない。




 そして

 少女が使う


 <「恋」という言葉>


 が


 本当の


 <恋>


 その

 ”シェイプ”であるとは

 限らない。




 言葉が内実を意味するとは限らない。




 "母" は、

 娘が


 《不貞腐れてる》


 と解釈した。




 その時だった。




 "マグロの姉":

 「ママ! ママ!! ちょっと来て!!!」




 "母親" は、目の前の少女から、視線を逸らした。




 自分に注目が集まっていない

 その隙に

 "マグロ" は "青年" を見た。




 "青年" の視線は……――




 現実には存在しない


 <ブロックの落下>


 だけを捉えている。



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