荘厳なる少女マグロ と 運動会
外から力が加わる分だけ
斥力を強める石。
圧力が加われば加わる程
反発を加速させる石。
それが――”重力ストーン”。
少女は、”それ”を踏み外した。
―――――――――――――――――――――――――
落ちている…――
落ちていく。
「いま、落ちている」
という認識だけがあった。
言葉はなかった。
不安は
――それ程……
なかった。
練習では
――毎日の様に
落ちていたから。
試合でも
――何度も
落ちた事がある。
ただ落ちながら………――
"マグロ" は、音楽を聞いていた。
そして
――頭の中で
『ピスタチオ割り人形』のコーダ
その最後に到達し、
"マグロ" は
――演技終了を示す
決めポーズをした。
頭の中で。
落下しながら。
―――――――――――――――――――――――――
落下している間、
手も
足も
反応していた。
ただ、
"マグロ" が落下する姿を見る者はすべて
"マグロ" の動きを目で追わない。
皆はただ
「落ちた」
とだけ
思うのだ。
―――――――――――――――――――――――――
まっすぐ落ちていく "マグロ" の姿を
<ディレクション・ルーム>
にいる "コーチ" も見ていた。
人工知能は
何列にも連なる
「0」
の値を示し続けていた。
―――――――――――――――――――――――――
遂に "マグロ" が……――
地面に衝突した。
衝撃は…――
なくはない。
ただ……――
”激痛”レベルではない。
"マグロ" は
波打つ地面に
身を任せていた。
揺れから――すぐに身体を起こした。
上方を見る。
"マグロ" と同じ
ノービスクラスの選手達が
滑っていた。
宙に浮き
見下ろす者達は
誰も
その滑走する足と
その足の裏にある石
を止めなかった。
ただ、
"マグロ" が自分達を見上げている事を知ると
――誰もが
視線を逸らせた。
目で追っていた事は明らかであった。
―――――――――――――――――――――――――
音楽は終わっていた。
静かで………――
地面のうねる音が大きく聞こえる程であった。
"マグロ" は
目で
自分のストーンの行方を追った。
"マグロ" のストーンが
――まだ
上空に浮かんでいた。
スペースリンクの隅に、寄せられていた。
そして――
落下し始めた
――のが見えた。
その時だった。
"コーチ" の声がした。
"マグロ" の名前をコールしていた。
"コーチ":
「今のジャンプ、
入りの角度は悪くないけど、
離石時にはもう
完全に軌道から外れていたからね。
ああいう時は
――前も言ったように
一回転減らしてでも、
確実に点を取る事を考えなさい。
あなたは
――FJなら
二回転じゃなくても点数が出るんだから――
無理しない事も作戦なんだから。
わかった?
――失敗する位なら、レベルを落とす事。
じゃ――今日はもう休んでいいから。
試合前に無理をし過ぎてもダメ。
いい?――<柔らかさ>を忘れないこと!
ただでさえあなたは、
柔軟の最低レベルをクリア出来ない事が
あるんだから。
しゅ・う・ちゅ・う!!
集中する事!!!
減点にならない様に――いつも意識する事!!」
―――――――――――――――――――――――――
"コーチ" は、
"マグロ" の怪我の具合を
尋ねなかった。
必要がなかった。
深刻な怪我がない事は、
人工知能が告げていた。
選手の不調や怪我は
人工知能が察知する
<空間に於ける熱の変動具合>
で
――ある程度……
知る事が出来たのだ。
さらに、
"マグロ" 自身も
――上っ面の慰み
「だいじょうぶぅ?」
を
――あまり
必要としていない少女であった。
―――――――――――――――――――――――――
"マグロ" は、
自分でもわかっている事を
改めてアドバイスされても、
「わかっているから!」
「うるさい!!」
と反発しなかった。
"コーチ" からのアドバイスに対し、
"マグロ" は
「はい」
と素直さを示す。
"マグロ" は
余計なアドバイスをする "コーチ" を
責めはしない。
態々(わざわざ)
"姉" を引き合いに出す "コーチ" を
恨まない。
―――――――――――――――――――――――――
"マグロ" の声は
――小声であったが…
"コーチ" に届いていた。
"コーチ":
「次!!!」
そのまま
"コーチ" が
<"選手6" の名前>
をコールした。
木霊す声を聞き、
スペースリンクの真ん中へ
進んでいく
"選手6" の姿――
それを、"マグロ" は、見上げなかった。
"マグロ" は
――スペースリンク内
波立つ地面に座っていた。
俯きはしないが――見上げなかった。
"マグロ" がそうしている間も
物言わぬ
”重力ストーン”が
「のらり……」
と高度を下げている………
――回転を
――しながら……。
―――――――――――――――――――――――――
"選手6" が
――そのシーズン
<プログラム・ロング>
に選んだ曲が
流れ出した。
それは、
大昔に大ヒットした映画の
テーマソングだった
――豪華客船が沈没し
――それに乗船していた男女が
――悲劇結末を迎える
――という内容である。
有名な曲を聞きながら
"マグロ" は
――指先で
リズムを取っていた。
そして――
その
――ピッコロの様な
笛の音色に沿って…――
"マグロ" は
自身専用の”重力ストーン”の落下予想地点
――該当箇所には
――ピンポイントで
――レーザーが当てられている……
その傍まで進もうとした。
這う様に――進んでいた。
その時だった。
"マグロ" は
「ふ」
と
――何気なく
リンクの外を見た。
視線の先に――"青年" が居た。
"青年" は、"マグロ" を見ていた。
それも――まっすぐ。
四つん這いの "マグロ" と視線が会う。
"青年" は視線を――
「………huis」
と逸らした。
そして……――
"青年" は手を振り回し始めた。
恰も――何事もなかったかの様に。
"マグロ" は
――何故か
身体の火照りを
覚えた。
言葉は――なかった。
―――――――――――――――――――――――――
頭上では、歌が流れている。
悲恋の――メロディ。