荘厳なる少女マグロ と 運動会
"コーチ" は
"マグロ" に
<林檎飴の妖精になりきる事>
を
――ただ…
求めた。
"コーチ":
「妖精らしく!」
"コーチ":
「林檎みたいに!!」
"コーチ":
「甘く!!!」
"コーチ":
「見る者を誘う様に!!」
―――――――――――――――――――――――――
"マグロ" には
<妖精>
など、わからない。
[ただ――誰にわかるというのだろう?]
少なくとも
"マグロ" は
”妖精”というモノを
その目で
――現実に存在する物体として
見たことがない。
映像で
作られたその姿を見ても
<妖精>
の気持ちなど――
わからない。
”妖精”とは
背中に羽根の生えた
<人間の少女>
の姿をしているが――
腕も腰も
<貧弱>
で
――足の筋肉など
――ないも同然で……
三回転SJトゥーループさえ
跳ぶ事が難しそうだ。
"マグロ" は、考えた。
"マグロ":
「ていうか、
妖精の背中の羽根って、
スピンジャンプの時、
すっごい邪魔になりそうなんだけど………
”重力スケート”選手が
妖精になる意味あるワケ?」
それでも
"マグロ" は
――ない知性を搾って
考えた。
いくら考えても、
その生物
(”妖精”が生物だと仮定した場合……
――ただ…
――その仮定は……
――存在するという仮定の上に成り立っている
――<砂上の楼閣>
――であるのだが………)
は、
どんな生活をしていて
どんな事を考えるのか?――
"マグロ" には、わからなかった。
それを正直に "コーチ" に告げた時だった:
"コーチ":
「想像するの!――妖精ってどんな気持ちだろうって。
何のためにその頭が付いているの!!?」
―――――――――――――――――――――――――
"マグロ" は、母親に頼んで林檎飴を作ってもらった。
真面目なのだ。
工程を見たが、
林檎飴に気持ちがある等と
思えなかった。
ただ作られ、
ただ食べられるだけの
<林檎飴>
に、
「妖精が宿っている」
とは思えなかった。
強いていうなら
――あるだろうものは
人間の歯によって噛み砕かれる――
<痛さ>。
"マグロ":
「林檎飴って
人間に食べられちゃうんだから、
痛そうだよね……」
ただ
――ジャイコブズキーによって編まれた
曲調は
あまり
苦しそうには
聞こえなかった。
考えに考え抜いた "マグロ" は
<林檎飴の妖精>
の気持ちがわからないのは、
<自分の感受性のなさ>
が、原因ではないか?
と思った。
"姉" に
その事を告げたら、
"姉":
「馬鹿だね…。
"コーチ" の言ってる事――マトモに受けたの?
妖精の気持ちなんかわかるわけないじゃん。
ジャッジが
どうすれば点数を上げてくれるか
考えた方が速いよ」
"マグロ" は、納得がいかなかった。
だから――林檎飴の妖精の気持ちについて考え続けた。
そして、
自分で考えた末にあらわれた
まとまらない結果を
"コーチ" に告げた。
"コーチ" は
"マグロ" の考察の結果を受け入れ
褒めた。
"コーチ":
「偉い!!!
そこまで考えて来るなんて偉い!!
よく考えてきた!」
ただ――
"マグロ" の出した結論は、
<"コーチ" が求めていた答え>
ではなかった。
―――――――――――――――――――――――――
"コーチ" は、あまり頭の良い人ではなかった。
"コーチ" の主張する
<妖精らしさ>
とは
――心構えの事ではなく……
<身体の柔らかさ>
と
「くねくね」
する
――他人を誘惑する
<妍麗>
であった。
ジャッジが綺麗だと判断し
<芸術点>
が上がりそうな物は
――すべて
<妖精>
なのだ。
―――――――――――――――――――――――――
その "コーチ" には、
<語彙と知性>
が、不足していた。
努力すれば埋められるが
――"コーチ" は
からっぽの知性を埋める努力をしなかった。
「どうすれば大勢に好かれるのか?」
――"コーチ" が、常に考えていた事だ。
そんな "コーチ" が取る行動には
そう考える者特有の
<無知>
が
――屡
付帯している。
そんな
"コーチ" は
――"マグロ" に
最低のアドバイスの仕方しか出来ない。
―――――――――――――――――――――――――
こういう "コーチ" は
――世の中
たくさんいる。
そしてアドバイスにもならないアドバイスをし
――その知性と経験の欠如を指摘されると
――怒り狂うのだ。
―――――――――――――――――――――――――
そんな "コーチ" の
――"マグロ" に対する
アドバイスは以下である:
"コーチ":
「ほら、お姉ちゃんみたいに優雅に!!」
"コーチ":
「お姉ちゃんが出来ているんだから
頑張って!!!」
"コーチ":
「普段から何を見ているの!!
素晴らしい例が間近にあるのに!」
"コーチ":
「身体が固い!!」
"マグロ" には、
"姉" の様な
――ジャッジが好む
<身体の柔らかさ>
が、なかった。
勿論――念入りに柔軟をしていた。
それでも――"マグロ" は身体が硬かった。
"姉" と比べると
――救いようがないほど。
そして "マグロ" は
――他人に言われなくとも
その事を知っていた。
―――――――――――――――――――――――――
"マグロ" は演技を続けていた。
後半のステップを終え――
プログラム構成の中で
最後に位置する
フォーロール(FJ)二回転の体勢に入った。
"コーチ":
「お姉ちゃんみたいに!!!」
助走の後――跳んだ。
跳んだ途端――失敗した事がわかった。
そして――
空中で前転を二回した後、
爪先が
――宙に浮かぶ
石を掴まなかった。
失敗は
精神で
――予感として
確認された事だけではなく、
現象として表されていた。
"マグロ" は――身体を捻る。
石に腕が掠った。
痛くはなかった
――深刻な怪我をする程でない
――という意味で。
"マグロ" は――落石した。