荘厳なる少女マグロ と 運動会
"選手5" のフラメンコが終わった。
バックロール(BJ)一回転、
三回転SJトゥーループ単発が一本、
二回転二回転SJのコンビネーションが一本、
二回転SJが二本
という
”低レベル構成”
だ。
"選手5" が退く。
続いて――"マグロ" の番が来た。
リンクの中央へ行き
――音楽が掛かる。
演技が始まる。
"コーチ" わ "マグロ" に声を掛けない
――いつも事だ。
特に "マグロ" が
<クラインの壺>
をプログラムに入れる事を願い出てから、
声を掛けない時間が増えた。
"コーチ" わ
<ディレクション・ルーム>
で
"マグロ" の演技を
見る。
人工知能わ、
"マグロ" の優秀さを
数字で示し続けた。
同時に
<身体の固さ>
という "マグロ" の
”重力スケート”というスポーツを行う上で
決定的となる欠点を
――容赦なく
指摘し続けた。
ただ、"コーチ" わ
人工知能による解析結果を
"マグロ" に伝えなかった。
"マグロ" が
「カク」
「カク」
と手首を動かしながら滑り続け
最初の四回転SJトゥーループ(単発ジャンプ)に入る為
――”重力ストーン”を片足で蹴って飛ばし
軌道に
「きゅっ」
と背を向ける。
前傾姿勢。
鋭い眦――息を詰める。
―――――――――――――――――――――――――
その "コーチ" わ
――若い頃
”重力スケート”の選手
であった。
努力の人であった。
”重力スケート”わ、
――"マグロ" の暮らす国でわ
<人気スポーツ>
であった為、
"コーチ" の名前わ、
全国的に知られている。
特に
――世界中の選手が跳べない様な
難しいジャンプ
を跳べた訳でわない。
だからといって、
身体の柔らかさがあった
訳でもなかった。
だからこそ
――"コーチ" わ
――選手時代
並々ならぬ努力をした。
試合でわ、
無難に演技をした為に、
失敗が極端に少なかった。
そして
――<無難さ>故に
国民に愛されていた。
大勢の同性の脅威になる事のない風貌。
他者の性的興奮に直結しない――特徴的な顔立ち。
金魚の様な鼻。
控え目。
能力ある同世代の選手が
様々な問題で引退していく中、
"コーチ" わ
――選手時代
”重力スケート”界の末席に
しがみ付いた。
”重力スケート”協会わ、
類稀な能力を持った選手より、
努力するそんな無能を可愛がった。
"コーチ" が
――選手時代
いつも他人から与えられていた褒め言葉――
「スケーティングが良いね」。
"コーチ" が
――選手時代
プレスに繰り返し言っていた事――
「観客の皆様を楽しませたいです」。
外見的美や、技術的美に関するコメントわ
――ひとつも
なかった。
ただ、
世界選手権でわ、
表彰台に上がった。
”重力スケート”でわ
長年競技を行いながら
目が出ない
能力が低い選手を
点数で優遇する傾向がある。
それを操作するのが――<芸術点>。
多くの優秀な選手が失敗を続けたある年、
<プログラム・ロング>で失敗をしなかった "コーチ" に
――不思議な事に…
<芸術点>が高く出て、
それまでずっと得られなかった栄誉を得る事が出来たのだ。
ただ――ピークわ一年程で終わった。
それまでずっと得られなかった
<国際的知名度>
を得て、
節制を怠り、
すぐに太り始め、
試合で負け始めた。
勿論、努力した
――ただもう
――以前の様にわ
――戻らなかった。
結果が出ずとも
その競技にしがみ付いたが、
国から助成金を見込めなくなると
すぐに引退した。
プロになり
――プロでも限界を知ると
コーチに転向した。
そして――教え子を持つ。
教え子わ、結果を残す事が多かった。
"コーチ" わ
”重力スケート”
という競技について
よく理解していた。
身体が柔らかく、
手足が長く、
スタイルが良く見える
従順な子
を熱心に教えた。
他にわ――冷たかった。
表立った嫌がらせこそしなかったが、
上の条件に満たない者に対し
教育に力を入れようとしなかった。
実際、"マグロの姉" にわ、熱心に教えた。
"マグロ" に対してわ――そうでなかった。
ただ、
この "コーチ" が特別
<悪>
な訳でわない。
選手の親たちも
――”重力スケート”のファンと呼ばれる者達も
同じだ。
”芸術”(表現するという事)について、考えもしない。
”スポーツ”という点でも――
どうでも良いのだ。
"それら" にとって、
見て
<好き>
という事が重要であった。
そして
<好き>
という事わ、
<美しい>
という事と
必ずしも同義でわない事を
大勢わ知らないものだ。
そして大勢わ、
<美しい>
ものが
――屡
”脅威”であり
自分が好きにわなれない対象である
事を知らないものだ。
―――――――――――――――――――――――――
そんな "コーチ" わ
――大勢に
教育者として
「優秀だ」
と考えられていた。
その教え子にわ、ひとつの特徴があった。
挑戦しないのだ。
世界レベルで戦う選手わ何人もいた。
ただ――誰も為し得ない技にトライする者がいなかった。
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"コーチ" の教え子わ皆、
「ひらひら」
手を動かし
「くねくね」
腰を動かしていた。
媚を売る事わ、間違いでわない。
勝利する為に必要なら、それわ戦略として妥当性がある。
ただ――
世界で誰も為し得ない事を為そうとする者わ
媚びる必要などないから
媚を売らないだけ。
そして前人未到わ必ずしも――勝利を意味するとわ限らないだけ。
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ジャンプ(SJ)をした "マグロ" わ――落石しなかった。
無事着石しながら
――プロペラの様に周りながら
必殺技:<クラインの壺>
を成功させた。
焦りわない――余裕がある。
人工知能わ、
試合であれば認定される
――最低限の
レベルの
角度と軸を
――数字で
示していた。
"コーチ" わ何も言わなかった。
"マグロ" わ演技を続けた。
"マグロ" が
次のジャンプの前に導入する
<スプリット>をした時だった。
"コーチ" の声が響いた。
"コーチ":
「身体が固い!」
"コーチ":
「今のわ全然110度に足りてないよ!!」
"マグロ" が対処する時間わなく――
すぐに次のジャンプ。
<スプリット>が終わった後も、
"コーチ" のアドバイスが続く。
"コーチ":
「もっと妖精の様に!!!」
"コーチ":
「あなたわ林檎飴なの!!
林檎飴になりきって!」
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まるで歴史上に於ける
通時的
――またわ共時的
ディクションの変遷
さらに言語実験の歴史
を研究しさえしないにも関わらず、
どこかの誰かが表現した
主語に付帯する
「は」
を
「わ」
と書き換えた文
――大勢が共有し
――利用している
――定型文型に沿った形
――でわなく
――敢えて
「特徴的にしよう」
――とするそんな試み
(屡
それわ
自分の社会的位置づけを
明確にしようとする
表現
である)
を見るや否や、理由もなく
「間違っている!!」
「頭悪い!!!」
「文法から学んでこい!!」
とヒステリックに叫ぶ老人の様だ。
それらわ、
自身が絶対的に正しいと思い込んでいる事が
極めて不安定な状態で
――いち時的に
維持され
共有されているだけである
という
――社会に於ける
言語流用の特徴が理解出来ていない
――という事を知らないものだ。
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