荘厳なる少女マグロ と 運動会
詳しい説明の必要はない
――全体練習で行われる
――セット
――その構成は
――いつも同じだ。
"コーチ" の声を受け
ノービスクラスに該当する選手たちが
リンク残る。
ノービスクラスではない
"その他" は、
何もしない。
何もしなければ――石はただ下降していくだけ。
そして
――"その他" は
――地面に着地すると
――石を抱え
リンクの外へ。
ノービスクラスに該当しない”年少者”
――競技歴の浅い者
は
この時点で
――その日の練習が
終了である。
[因みに、
"マグロ" の妹は
――まだ
全体練習(強化練習)
に参加していない]
年少者は、
迎えに来た親と合流して、
帰宅するだけ。
<ジュニア>や<シニア>選手も、
上記”その他”に含まれていた。
ただ――
ジュニア、シニア選手は
ノービスクラスの選手が
"コーチ" に
出来を見てもらった後
自分達の演技を
順番に見てもらう事になるから
――自動的に
待機する事になっている。
待機を求められる選手の中に
"マグロの姉"
と
"青年"
がいた。
二人は視線を交わしはしない。
視線の交錯の欠如を
――ノービスクラスに該当する
"マグロ" は
――上から
確認していた。
―――――――――――――――――――――――――
スペースリンクの大きさを考えれば
選手全員が同時に練習する事は可能だが、
<キテイ>以外の<演技>を全員で練習するには
リンク全体を
――フル活用して
使う必要があり、
その際
選手をリンクの中
上下
層に分けて利用させると、
演技練習をしている選手や
石が
落下した時に
下層にいる選手が巻き込まれる可能性がある等
プレイ中の危険の可能性が高まる為
――大抵
<演技>の練習は
――少人数で
場にゆとりを持たせる事が多い。
―――――――――――――――――――――――――
ノービスクラスの選手は全員
――石に乗って
――宙に浮いたまま
<キテイ>の時よりも
――選手間
幅を取って、
立っていた。
待つ。
ノービス選手の
<演技>や<ジャンプ>
その出来を "コーチ" が見る
その
時の開始を
「今か」
「今か」
と
――辛抱強く
待つ。
―――――――――――――――――――――――――
ノービスに該当しない選手
<最後の一人>
がリンクを出た
――のが見えた。
途端。
ノービスクラスに属する
<"選手4" の名前>
が呼ばれた。
"選手4" は
――石の高度を変えず
リンク中央に進んだ。
そして――
止まる。
"選手4"は
”重力ストーン”の踏み足を変えて
足をクロスさせる。
足と足の間に――菱型の空間。
そのまま "選手4" は頭を下ろし――
上半身を
下半身に向かって
折り畳んでいく。
化粧用コンパクトというより…――
鰐の口の様。
頭は、何もない”菱型の空間”を潜らない
――が……
――"選手4" は
――額を
――その手前まで
――近づけた。
膝は軽く曲げていた。
中腰。
前屈の姿勢を取った後、
「だらり」
と垂らしていた両腕を
――尻の方へ
――まっすぐ
持ち上げる。
肘を曲げていない
――棒の様な
両腕は
――肩を中心として
反時計回りをし………、
手首は、腰のラインを越えて――
"選手4" の背後――高く聳え立った。
直立した腕の先――掌が開いていた。
それは――<白鳥>のポーズだった。
ただ……
――どことなく
ぎこちなかった。
ノービスクラスなら、当たり前の事ではある。
さらに――
"選手4" は、
<身体の柔軟能力があまり高くない選手>
である
――その事を考慮に入れるべきだろう。
それでも、
そのポーズは
”白鳥のつもり”
でしかない
――事は覆い隠せない
――事は指摘しなければならない。
―――――――――――――――――――――――――
"マグロ" を含む他のノービス選手は、
脇に逸れていた。
滑っていた。
とつぜん――音楽が掛かった。
云うまでもなく――
ジャイコブズキーの――
『ルェタン・デシーニュ』(『白鳥の池』)
――ではない。
仏文学の伝説的作品を翻案したミュージカル
『ルシェルシュ・デュタン・オブトゥニュ』
(『獲得した時間を求めて』)
の第一幕
「シェズ・ルシーニュ」(「白鳥の方へ」)
のイントロダクシヨン
である。
"選手4" は
――リンクにホルンが透き通るや否や…
背の上に高く上げた腕を
「バタ!」
「バタ!!」
と、バタつかせた。
白鳥というより――軽鴨だった。
”重力スケート”の
<プログラム・ロング>
その模擬練習
――地方大会前の
――最後の練習
が始まった。
"選手4" が演技をする間、
他のノービス選手は
その周りで
――自分の番が来るまで
――各々
練習をする。
演技者の成長
――成果
を横目で見ながら。
"マグロ" も、その例外ではなかった。




