荘厳なる少女マグロ と 運動会
その後
――リンクに
"コーチ" の声は響かなかった。
休みにも当たらない”休み”なのだ
――それは
――スペースリンクを
――安定状態に近づける為に設定された
――<休憩時間>
――と呼ばれる時間には当たらない
――”休み”。
ただ…――
選手達の上がった息が整えられるが
汗は引かない
そんな程度の時間が経つと
――すぐに
"コーチ" の声がまた会場に伝わる。
"コーチ":
「じゃあ、今度は<キテイ>!」
選手が動き出す。
疲れを感じさせない動き。
全員が
リンクに
散らばる。
列を作る。
等間隔をあけて選手が立つ場所は
――大体……
決まっている。
そして――高さも大体決まっている。
毎週の様に
――毎日の様に
同じ様な事をするのだから。
宙に浮いた選手達は
石に乗せた足を肩幅まで広げ、
静止する。
"コーチ":
「スタート!!」
そして選手全員が――片足で円を描きだす。
皆、
同じ場所で、
軸足を動かさない。
片足を360度回すと――
今度は別の足で、同じ事をする。
石を操作して、円を描き続ける。
[本来
競技用の<キテイ>は
――全体練習を始める前
――"マグロ" が行っていた様に………
直線の上、
半円を描きながら進む
という方法が取られるが、
全体練習では
選手全員が
同時に
行うだけのスペースを取る事が
出来ないのだ]
<キテイ>練習の様子(描かれる円の情報)は、
リンク外の
<ディレクションルーム>にいる
"コーチ" に送られる。
ダイレクトに。
そして "コーチ" は
アドバイスを
リンクにいる選手へ送る。
"コーチ":
「"選手1"さん、円周が小さくなってきているよ!!!」
"コーチ":
「"選手2"君 は
九十度を越えると
半径が規定距離より伸びがちだから
爪先を一定にさせたまま
円を描く事を意識して!!」
"コーチ":
「"選手3"、ずれてきたよ!
気を抜かないで!!
円周が波立っているよ!!!」
声に刺激され、選手は修正を試みる。
アドバイスに
褒め言葉は
ない。
―――――――――――――――――――――――――
選手がリンクにいる時は、
常に人工知能が
選手が発する身体情報や
スペースリンクにある石の位置情報を把握し、
解析している。
"コーチ" は、選手に声をかけるだけだ。
本来、
人工知能さえあれば、
人間の "コーチ" は必要ない
――<キテイ>に関する限り。
人工知能は解析結果を瞬時に分析し、
選手に送る事さえ出来る
――テキストでも
――音声でも。
改善点と改善方法まで提示してくれる
――選手が望むなら。
”重力スケート”に於いて
人間の "コーチ" が必要なのは
人間がジャッジとなる
<芸術点>
その対策の為だけだ。
人工知能は
<キテイ>のみならず
演技の方の
<芸術点>
に於いて
高得点が出る傾向さえ
分析し
予想する事が可能であるが、
多くのコーチは
人工知能だけに頼る様な事はしない。
<芸術点>は、
<人工知能>の判断
を裏切る様に
――ジャッジによって……
仕組まれる事が
――度々
あるからだ。
―――――――――――――――――――――――――
人工知能の研究が進み、
人間が出来ない事を機械が行う様になった時、
人間が求めた自分達の存在意義――
それこそ”芸術”なのだ。
機械がいくら努力しても
出来ないし、
「わからない」
とされている
――<芸術>。
人間と機械という概念が近づいた時
人間が守ろうとした
最後の砦。
多くのスポーツでは、
人間が持つ目から
マシーンによる映像に
判定基準は移った。
人間が下す判断の誤謬
――それを取り除く為。
フェアネスの追求。
そんな中、
”スケート”の<芸術点>のジャッジは
全権を人間に委ねたままだ。
そこには、
「芸術は、人間にしかわからない」
「機械なんかにはわからない」
という考えがある。
人間だからといって――わかる訳ではないにも関わらず。
多くの人間は、
圧倒的に優れた美しい者を嫌い、
認めない
にも関わらず、
卓越した技術が示される際にあらわれる
<芸術>が
わかるつもりでいるのだ。
そして低俗な物を賞賛し
――「人それぞれ」の名の下に
<芸術>の冠をばらまく。
厚紙で出来た王冠。
具体例など――星の数ほどある。
星の数以上にある。
兎角、
”重力スケート”のジャッジは
――屡
<芸術>に於ける
人工知能による判断を
棄却する事で
人間の優越性を表現するのだ。
―――――――――――――――――――――――――
さらに――人間には利害関係というものがある。
人間が自分の利益を増大させる為には、
自身で判断した方が
都合が良い。
どんなスポーツでもそうだろう…
――あるチームや個人を贔屓している審判には
――映像判定など
――邪魔なのだ。
機械による判断の精確さは
――無理に勝たせたい対象に
――無理矢理
――点数を与えたい場合
邪魔なのだ。
欲深き者にとって、誤謬は必要なのだ。
自分の利益増大の為。
そして、そんな人間の欲の追求が
<芸術点>
で、よく表されるのだ。
機械は
そんな人間(利害)関係を
――欲を
読み解く事は出来ない。
それだけは――人間でなければ読み解く事が出来ない。
それ故に
――”重力スケート”に於いては……
機械の数字よりも
人間の声が信頼される傾向にあるのだ。
だからこそ、
人間である "コーチ" は、
人間である選手に
――直接
言葉を与える。
それだけが理由ではない――が。
―――――――――――――――――――――――――
人間は
――自分が必要でない存在であろうが………
誰かにとって必要であろう
とするものだ。
それも
――無理にでも……
そうあろうとするものだ。
邪魔してでも
――否…
――邪魔する事で……
自分が誰かに必要とされる事を
証明しようとするものだ。
たとえ、
自分が邪魔をして追い出そうとする者が
自分に利益を齎す者でも
――自分の利益を捨ててでも
そうするものだ。
そして邪魔をした時、
<自分が必要とされていない事が証明されるだけ>
である事を知らないものだ。
―――――――――――――――――――――――――
”重力スケート”の選手達は
――全員
――空中で
石に乗ったまま
足で円を描き続けた。
"マグロ" は "コーチ" に注意されなかった。
"マグロの姉" や "青年" も、注意されなかった。
ただ三者には
――同じ状態でも
違いがある。
"マグロ" は<キテイ>を難なくこなし――
その足で描かれた円に、ブレはなかった。
その他二人は
――正確さに於いて
怪しい所があった。
ただ "コーチ" は指摘しなかった――
もっと不正確な選手達に
アドバイスを与える事に忙しかったから。
それに<キテイ>に必要な技術の修正は、
地方大会を迎える最後の練習一日で
どうにかなる様なものでも
なかった。
暫く――同じ練習が続く。
最後に
「止め!!」
となる。
そのまま――
"コーチ":
「じゃあノービスから始めるから………
――年少者はお疲れ様!」
と声が掛かった。