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荘厳なる少女マグロ と 運動会

 "コーチ" の声が空間に響き渡ると、

 選手全員がラインを作り、滑り始めた。




 年長者が先頭に――

 年少者は末尾に。




 "マグロ" が恋する "青年" が、先頭にいた。




 "マグロ" は

 最後から数えて

 少し前にいた。




 ”群れ”は

 スペースリンクの中

 ――輪を描く様に

 進む。




 進む。




 "コーチ" が号令を掛ける毎に、

 選手たちはストーンの速度を

 上げたり、

 下げたり、

 した。




 それだけでは終わらない。




 "コーチ" が


 「傾斜アップ!」


 と号令を掛ければ、

 滑り続ける選手たちの足下に在る

 ――宙に浮かんでいる

 ストーンは

 斜めに

 ――まるで

 ――広大なスペースリンクの中

 ――山の斜面を登る様に

 上昇しながら進む。




 "コーチ" が沈む事を命令すると、

 ストーンは沈んでいく。




 選手達は

 ―― "コーチ" によって

 ――どの様な条件を与えられても

 滑走を止めない。




 ―――――――――――――――――――――――――




 ”アイススケート”に於ける選手の移動可能領域は

 極めて狭い。




 アイススケートリンクの上

 ――ジャンプ時の高さから

 ――氷の表面まで

 領域は

 ――大概

 一定だ。




 ”アイススケート”選手が

 氷の表面下

 ――氷の中

 へ、ブレードを捻り込む事はない

 ――物理法則を無視しない限り。




 ”アイススケート選手”は、

 氷の一面と

 自分が飛ぶジャンプの高さ

 だけを考えれば良いものだ。




 ただ

 ――”重力スケート”では

 そうはいかない。




 ”重力スケート”に於いて

 ”アイススケート”に於ける氷の表面という

 ――競技をプレイする上での

 <基盤>

 ――その<位置>

 その一定性は

 約束されていない。




 石は動き続けているから、

 足場は常に

 ――上下左右

 浮動するものだ

 ――氷と違い

 ――固定されていない。




 よって、

 ”重力スケーター”は

 ――”アイススケーター”の

 何倍もの領域を動く必要があるし

 何倍もの可能性を計算する必要がある。




 ”重力スケーター”は

 ジャンプをしても

 着地地点は一定ではないから、

 常に石の位置を予想しなければならない。




 ”重力スケーター”は

 ――スピンしていようが

 石の位置が何処にあるか

 的確に予想しなければならない。




 そうしなければ――地面へ落ちるだけだ。




 ただ石に乗って

 ――宙に浮き

 足を上げたり

 ――ジャンプしたり

 すれば良い訳ではない。




 ”重力スケート”はそんな簡単なものではない。




 わかりやすくも、

 理解しやすくも

 ない。




 三行で説明する事を欲する様な

 頭の悪い人間は、

 見ない事が一番。




 頭の悪い者は、頭の悪い物と共にいるのが一番。




 ―――――――――――――――――――――――――




 ”群れ”が

 スペースリンクの中を

 何十周かすると

 ――段々

 ひとつだった”群れ”は、

 グループに分かれて行った。




 ただ

 ――グループと云っても

 <先頭>と<その他>

 ――の二つ。




 <先頭>は

 ――丸く

 ”ひとつ”として

 ――群れ続けて

 進んでいたが、

 <その他>は

 散らばっていった。




 皆――速度もスタミナも違うのだ。




 低能は――置いて行かれるだけ。




 ただ

 ――低レベル同士

 楽しめば良いのだ。




 ―――――――――――――――――――――――――




 "青年" は、<先頭>の中にいた。




 <先頭>の先頭にいた。




 "マグロの姉" は

 ――先頭集団の中

 "青年" のすぐ後ろにいた――




 その背中を見つめていた。




 "マグロの姉" の隣りにいる

 ――敵意は強いが

 ――実力のない

 選手が、

 "マグロの姉" に

 ――その手で

 タッチした。




 払い除ける様に。




 殴る様に。




 それも…――強く。




 わざとか

 否か

 は、どうでも良い。




 "マグロの姉" は

 強い打撃を受け、

 痛みを知った。




 しかし――"マグロの姉" は気付かないフリをした。




 いつもの事なのだ。




 ただ――それを見る者はいる。




 必ず――在る。




 後からついて来る<その他>の選手が見つめている。




 "マグロ" も例外ではない。




 見ている。




 ただ――何もしない。




 ただ――視線でフォローするだけ。




 役にも立たない――視線。




 出来事を目撃しながら――行動には直結しない。




 その先には――隷従が在る。




 ただ


 「次の出来事を目撃しよう」


 と待つ。




 そして、望む事は、発生しない。




 大勢は

 ――二者間の攻撃とスル―を見終わると

 "マグロの姉" の背中を見る様になる。




 攻撃者を視界に捉え続ける者はいなくなる。




 どれだけリンク外で優しく

 どれだけ共感されようと

 攻撃者は実力がないのだ。




 見ても――無駄。




 大勢は "マグロの姉" を見続ける。




 一緒に滑る "それら" は、

 <"マグロの姉" の姿態の美しさ>

 に見とれる訳ではない。




 ”妖精”が示す

 <”重力ストーン”操作の滑らかさ>

 を、真似しようとしているのだ。




 その技術を


 「手に入れよう」


 と欲するが故に。




 誰も

 ――"マグロの姉" の様には

 ――滑る事が出来ないにも関わらず

 その演技を参考にしようとしていた。




 実力もないのに――


 「一丁前に」。




 ―――――――――――――――――――――――――




 ピエをクロスしながらコーナーを曲がる時、

 選手のほとんどが急激に減速する。




 直線的に進行した後

 ――コーナーを曲がる時

 平均速度は70%程度まで下がるという結果も出ている。




 心理学的分析と感情解析の結果が

 ――現在

 その原因を推測させる材料となっている。




 減速させずに進むと

 スペースリンクのへりに衝突する危険性がある為、

 大勢は

 恐怖を

 ――複合的感情体に於ける

 ――分布順位を

 最も強くする。




 恐怖と名付けられた状態にある場合、

 動物は

 神経における情報伝達速度が鈍くなる事も

 研究結果として出ていて

 上の現象の正統性を後押ししている。




 普通は――そうするのだ。




 普通の人間なら。




 "マグロの姉" はそうせずに、立ち向かう。




 調子が良い時――コーナーの減速率は1割程度だ。




 正確な操作技術があるからこそ、為せる業だ。




 "マグロの姉" は――普通ではないのだ。




 ―――――――――――――――――――――――――




 "マグロの姉" は

 <大勢が自分の技を参考にしている事>

 を知っていた。




 ただ――怒りはしない。




 全体練習は

 ――選手同士

 互いを刺激する為の時間である。




 そして――


 出来る者が

 出来ない者の傍で

 ――間近で

 技を参考となる様に示す


 その為に設けられた時間でもある。




 それを "マグロの姉" は理解していた。




 "マグロの姉" も昔

 ――既に引退した選手達が現役であった頃

 ――全体練習の中で

 年上の技術を参考にした事があった。




 参考にすべきレベルに隣りにいる時だけ、そうしていた。




 そんな "マグロの姉" が

 大勢に参考にされても憤怒を抱かなかったのは、


 「自分も以前に経験したことだから……」


 という理由があったから




 ――ではなかった。




 他の理由があった。




 ”重力スケート”の選手では

 ――いくら自分が先輩を参考してきたからといって

 自分の技術が後輩の参考にされた時、

 大人の対応を見せず、

 非難の声を上げる者が

 少なくない。




 そんな中

 "マグロの姉" は、

 後輩に

 自分の演技を

 参考にされても

 怒らなかった………――




 大勢が、自分のレベルに到達しない事が、わかっていたから。




 実力差が在り

 ――それを知っている

 敵愾心の強い同僚でさえ

 ――敵意と同じ程度に膨れ上がった”憤り”を抱きながら

 "マグロの姉" の滑りを参考にしている。




 "それら" は、

 "マグロの姉" のレベルの技術を持っていない

 ――持てはしない。




 "マグロの姉" はそれを知っていた。




 そして

 ――無知な者も

 ――遅かれ早かれ

 ――誰もが

 "マグロの姉" に

 届かない事を知るだけだ。




 "マグロの姉" はそれを知っていた。




 大勢は、努力が足らない事、を知り――




 どうする事も出来ない。




 "マグロの姉" は、それを、知っていた。




 残酷だった。




 それでも――大勢は真似を止めない。




 儚い希望に身を委ねる……――




 "マグロの姉":

 《無駄なのに…》




 ―――――――――――――――――――――――――




 練習場で滑走を続ける

 先頭グループが、

 最後尾にいる

 最も年少の者を

 追い越して――




 行った。




 先頭グループは

 ――誰もスピードを落とさない。




 追い越された者と

 追い越した者の差が

 拡がって行く。




 遅れる者は――ただ遅れていく。




 遅れていく。




 それを嫌がる者は、


 ①辞めるか


 ②他人を貶めるか


 その二つしか

 解消する為の方法はない。




 そして大勢は

 ――屡

 二番目の方法を取るものだ…

 ――努力もしないで。




 実力を付けようともしないで。



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