荘厳なる少女マグロ と 運動会
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ドラフトの最終日。
"青年" は、健康な者たちへの挨拶を終える。
その後
――挨拶と見舞いを兼ねて
病院に行く。
戦場で負傷し
――動けないところを
――"青年" によって運ばれた
同僚達は、
”感謝”の言葉を
述べた。
或る者は、
麻痺が残る身体を動かし、
「一生、恩に着るからな!」
と精一杯の余裕を見せた。
不幸な事に、
最早
先進国では滅多に使われなくなった
実弾によって
身体の一部を失う事になった別の同僚は、
「あんたがいなかったらゼッタイ死んでたよ!!
ははははは!!!」
と
――口を大きく開いて
笑っていた。
その身体はまだ、動かせる状態にない。
性格の悪い同僚は、
皮肉を言わず
――ベッドの上
"青年" に背を向ける事で、
<感謝の念>
を示した。
"青年" は、望んでいなかった。
多くの言葉は受け取ったが、
言葉など――
要らなかった。
感謝や恩など、要らなかった。
病院にて安静を得る同僚達は
誰しも――
死ぬ訳ではない。
誰も
――死ぬ程
深刻な怪我をしていない。
命の崇高さを説き、
すべての人的生命の保護を
――例外なく
――大勢が
声高に叫ぶ世界では、
戦争に於ける攻撃手段も
――昔と違い…
致死的な物は少なくなっている。
爆弾や実弾など、
身体の破損を目的とした武器の使用は控えられ、
動きを一時的に止める事を主軸として開発された武器が
代わりを務めている。
その様な事情でも
――攻撃されれば
苦しみがない訳ではない。
苦しみが在り
――そして苦しみは
残り続けるのだ。
そして――"青年" は、何も出来ないのだ。
出来る事は
何も
ないのだ。
病院にて治療を受けている
”"青年" と最も仲が良かった同僚”は、
<"青年" が”重力スケート”の選手である事>
を知っていたから、
別れ際――
「……試合になったら、見に行くからな。
ゼッテェ行くから」
と言った。
"青年" が口を挟もうとすると――
"仲の良い同僚":
「リハビリにもなるし………な!!
それに……――
”重力スケート”って可愛い子
いっぱい、いるんだろ!?
みんな――カラダ柔らかそうだしぃ。
美人――多そうだしぃ。
ほら、いっつもスカート『ひらひら』さしてさ…。
ほら――野球ってゼンゼン女っ気ないから!!」
そこに、痛々しさは何もなかった。
下品な言動だけが在った。
それは
――確かに
下品だった。
ただ――
「生きよう!!!」
と強く望む人間の
<活力>
が表現されていた。
そこには……――<希望>が在るのだ。
目の前で、
ベッドに横たわる人間が
失われた物を取り戻そうとする
そんな姿に対し、
"青年" は、
「見に来なくてイイし………」
という言葉を返した。
視線を背ける。
実際、見に来て欲しくはなかった
――自分の演技を見て欲しくなかった。
ドラフトの結果、
特にひどい怪我をした訳ではない。
健康だ
――健康そのものだ。
それでも……
――身体は自由に動いても…
"青年" は
<自分を誇る事>
が、出来なかった。
"青年" には、自分自身の<希望>が見えなかった。
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"青年" は
――滑りながら
イメージトレーニングを続ける。
もう既にスペースリンクの端を掴み
――宙に浮かんだまま……
休んでいる者がいた。
その中に、
"マグロ" も
その "姉" も、
含まれていない。
"青年":
《此処のメロディラインから
――物語上………
追手が来て旧式の銃で狙撃されるから……――
また#アルゴンキン#から
#モヒカン#で
実弾を避けて…
――#フォーロール#。
で――
また避けて……――
また少女を抱えて踏み切り………
#六回転#で――着地。
で、#キック#……――》
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"青年" はドラフト制度から自由になると
――まっすぐ
”重力スケート”
の練習場に戻ってきた。
皆、一目で "青年" が
以前と違う事
を見抜いた。
実際に話をして――確認した。
コーチは "青年" を温かく迎え入れた
――教え子としてではない…
――<ドラフト期間を終えた者>として。
選手ではない……
――ひとりの<兵士>として
――接した。
そして――
"青年" が
優れた”重力スケート”の選手ではない事を知りながら
――優れた成績を残さないだろう事を知りながら………
コーチは、
「滑ろう」
と決意する者の
邪魔をしない。
邪魔を――しないのだ。
目的が
――純粋に
収入の増加であろうとも、
”邪魔をしようとする者”より
マシだ。
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曲が終わった。
"青年" は
加速していた石の勢いを殺して
――タイミングを計り
スペースリンクの端を掴む。
休む。
額から
――スポーツ選手の
汗の粒。
荒い息の中――
子供の頃からあまり変わらない場所
を見渡す。
真剣に努力を為す為の場所。
世界を何も知らない者達が集う場所。
下品な者は
――練習の合間に
恋の話をする場所。
下世話な者は
――練習を終えると
同僚の噂話をする場所。
"青年" は、
以前の自分が
”お喋り”に加わっていた事を
不思議に思った。
楽しかった話。
共感する話。
それらは
――最早
無意味だった。
息を整えてから、
精悍な顔立ちの "青年" は
また滑り始めた。
どこかに向かっている訳ではない
――スペースリンクには限界があり
――その中を巡るしか
――進む方法はない。
ただ "青年" は
――ひたすら
滑っていた。
そして、
そのスケートの先に――
芸術がある。
勝てない事は、わかっていた。
ただ――
「勝ちたい!!」
と希望しながら、滑っていた。
<自分にぴったりの曲>
があるのだから。
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耳栓をしない耳に、
コーチの声が
届いた。
"コーチ":
「はい、じゃ、<全体練習>……」
"青年" は、滑り続けた。




