荘厳なる少女マグロ と 運動会
"マグロ" は、心優しき少女であった。
ペットを見れば、その頭を撫でずにはいられなかった。
ブラシが在れば――毛並を整えてやる。
赤ん坊なら、あやしてやる。
如何なる生き物も可愛がった。
蜘蛛にさえ優しい言葉を掛けた。
、
壁をロッククライミングする昆虫の進行を
邪魔する事はなかった。
ただ、盲目的な小動物愛好家ではなかった。
"マグロ" には、
ペットの具合を見ながら接触のレベルを変える
それだけの<賢さ>が在った。
世の中には
――古今東西
ペットの事情
――体調
を鑑みずに
<自分の都合>
でペットをあやす
そんな者がいる
――と云う…。
その点、
"マグロ" は
食事をしたばかりのペットの腹を抱きかかえたり、
体調が悪い為に散歩を拒否するペットに運動を強いる
――それも、リードを引き摺って歩く……
その様な愚行を避けるだけの頭を持っていた。
無論、
人間に撫でられる事を求めるペットには
最大限の愛で報いた。
孤独を好むペットや
注意が余所に向いているペットを
深追いする様な事は
なかった。
生き物は不思議だ。
誰が
――どれだけ
可愛がってくれるか、
わかるものがいる
――らしい………
のだ。
大抵の場合、
"マグロ" が友人の家に遊びに行くと、
その家で飼われているペットは
――いつも
"マグロ" に纏わりついた。
愛される事を知っていたから。
帰る時は、悲しみの雄叫びを上げた。
そんな "マグロ" だったが、
ペットを自宅で飼う事は禁じられていた。
"マグロ" の優しさが向けられる対象は、
”生まれ”や
”育ち”によって
限定される事はなかった。
ペットショップにいようが、
富豪の膝で寝転ぼうが、
どこかの家に飼われているにも関わらず、野良の様に外を徘徊するものだろうが――
小動物に分け隔てなく、愛情を注いだ。
捨てられたペットが近所にでもいたら、放っておかない。
"マグロ" は学校の帰り道
――夕方の河川敷
汚れきって
――梳かれない毛が絡まって
――ただ近づいてくる人間に向かって威嚇する……
何をしようと「不信」だけを示す
そんな動物を見かけた事があった。
"マグロ" はすぐに家に帰り
――牛乳をボールに入れて運び…
黒ずんで
――動物愛好家の大勢が
――触れるのを嫌がり
――眉をしかめる様な……
みすぼらしい外見をした小動物が
飢えない様に
努力した。
その動物は、"マグロ" への「不信」を
――すこしだけ
和らげた。
その動物は
――結局………
いなくなった。
何も言わずに。
それでも、"マグロ" は怨まなかった。
ただ不幸な結末がない事を願っていた。
その様な性格であるから
――勿論
――頻繁に
親へペットの所有を嘆願していた。
それは常に退けられた。
それでも――"マグロ" は、動物の保護を訴えた。
少女は、
親がいくら拒否しようとも、
諦めない性質の持ち主であった。
ただ――親も諦めない性格であった。
その点が障害となり、目的の達成が叶わなかった。
いつも、動画サイトで小動物を見ていた。
動物の赤ん坊を見て、奇声を上げていた。
3Dで立ち上がったそれを撫でさえした……
――いくら霞を掴もうと
――その手に感触など発生しないにも関わらず。
車に轢かれた動物の死骸を
近場の公園まで持っていき
――片隅に埋めてから、
樹の枝で墓を作ってやった事もあった。
ただ、時代が悪かった。
公園の管理人に見つかり、怒られた。
しかし公園の管理人は――
「その汚い死骸を掘り出してどっかにやれ!」
――と
心優しい少女に残酷な事を言わなかった。
死をゴミにせず――放っておいた。
その事が――”救い”であった。
その、車に轢かれた動物の墓がある場所に
――翌年の春
花が咲いた。
公園に遊びに来る誰もがそれを見て――
「きれいだねー!!」
――と微笑んだ。
"マグロ" は、花に、愁いを帯びた眼差しを向けた。
無残な死には、
木枯らしや
――北風が
よく似合う。
生命力に溢れた春の陽気の中に
人間の無関心の結果によって発生した”死”
その哀しみが咲く
などと
"マグロ" は、
微塵も予想していなかった。
少女は――誰もその花を傷つけない様願った。
誰かが傷つけなくとも…――花は自ら散って行った。
花が散ろうとも……――少女は忘れなかった。
忘れなかった。