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荘厳なる少女マグロ と 運動会

 ―――――――――――――――――――――――――




 精悍な "青年" は、

 スペースリンク

 に入った。




 そして――石に乗った。




 浮かび上がる。




 「ちら」


 「ちら」


 と投げられる "マグロ" の視線など――


 気が付かなかった。




 没頭していたから。




 ただ――目が会った。




 "マグロ" は背ける――そのまま滑りを続ける。




 他の選手の中――紛れる。




 "青年" も、特に意識をしなかった。




 "青年" は

 ――上昇を続けながら

 音楽プレイヤーを起動し、


 <そのシーズンに滑る予定のプログラム曲>


 を流した。




 耳栓はしなかった――

 いつコーチが全体練習を始めても、

 対応できる様に。




 音楽が身体に染みわたり――

 "青年" は

 イメージトレーニングを

 ――軽く

 する。




 "青年":

 《両手を挙げて――


  …マンホールを通じて

  上から

  ”月の光”が挿し込むのを

  ――祈る様に……

  望む………。


  ――で……


  3拍で…――#デリエール#。


  手をまた掲げて

  ――降ろしながら

  ――顔を撫で……


  そのまま#ツイズル#で………

  ――#カレ#を変える。


  少女を下から抱え上げるマイムで……

  ――肘がいつも減点になるから

  ――いつもより余分に曲げる。


  #マズルカ#…。


  #マズルカ#……。


  #アヴァンサン#

  ――#アヴァンセール#。


  #ハーリーバーリー#で

  ――それから

  ――#アルゴンキン#………》


 [※#で囲われたカタカナの部分は、

  ”重力スケート”の技の名前だ]




 スペースリンクでは、幾人かが滑っていた

 ――"マグロ" が滑り始めた頃より

 ――数を増やしていた。




 滑る――


 リンクの中、楕円を描くように。




 皆――同じ方向を向いて進む。




 "青年" は、群れに加わる。




 目立たず

 ――輪の中を

 滑る。




 "マグロ" が時折投げる視線を

 ――ただ

 受け流しながら。




 ―――――――――――――――――――――――――




 ”重力スケート”の選手には、

 適齢期とされる年代がある。




 それは

 ――他のスポーツより

 年若く設定されている。




 その時期を越えた者でも活躍する例は多くあるが、

 越えた者より

 若い者の方が多く

 活躍していた。




 そして――


 "青年" は、適齢期を、既に逃していた。




 まだ若かったが――若過ぎはしなかった。




 ドラフトが在ったから。




 ―――――――――――――――――――――――――




 "青年" は

 ――滑りながら

 イメージトレーニングを続ける。




 "青年":

 《#フォーロール#で着地して

  ――#クロスフット#してから……》




 ―――――――――――――――――――――――――




 ”重力スケート”では、

 <引退間際の選手が好んで使う曲>

 が在る。




 仏の古典的文学『惨めな者』を翻案したオペラ

 『ル・ミゼラブリスム』

 より


 「アルポルテ・フォワイェ」


 である。




 その曲は


 『若者に


  「老害!」


  と罵られている老人(男)が

  戦火の中

  傷ついた年若き兵士(女)を

  見つけ

  ――守りながら

  帰路につく』


 という内容だった。




 老人が、


 『自分の老い先の短さを消耗してでも

  若者という”希望の種”を根絶やしにしない』


 そんな決意を謳った歌だった。




 その歌を

 ――"青年" は

 ――そのシーズン

 プログラム曲として選んでいた。




 ―――――――――――――――――――――――――




 "青年" は

 ――大勢の中に紛れ

 滑りながら、

 確認を続ける。




 "青年":

 《#レグル#でピェを#クロスチェンジ#

  ――此処でいつも勢いが付き過ぎるから…

  勢いを殺しながら……

  ――#オーチェストバ#………

  怪我人を抱えているんだ

  ――重さを表現して……》




 他の選手と

 ――肘が

 ぶつかりそうになる――




 避けた。




 ―――――――――――――――――――――――――




 "青年" がプログラムに選んだその曲は、

 ピークを過ぎた”重力スケート”選手が使うと

 ――ジャッジが

 ――選手の先行きのない状況と

 ――歌の世界観を重ねるせいか

 <芸術点>が跳ね上がる曲であった。




 "青年" は

 ――年齢的にはまだ

 そのオペラに登場する

 <老人>

 程、老いてはいなかった。




 ただ――"青年" は物語をよく理解していた。




 "青年" は

 ――それほど頭が良い訳ではなかったが

 全編外国語の

 ――それも

 ――難しい言葉が多用された

 そのオペラに描かれた


 <老人と若き兵士の状況>


 が


 「すんなり」


 理解出来た。




 物語と同じ状況を

 ――現実で

 通ってきたのだ。




 ―――――――――――――――――――――――――




 "青年":

 《スピンは七回…

  ――で

  ――ポジションを変えて……》




 ポジションを変えた時だった――




 昔の思い出が甦って来た。




 ―――――――――――――――――――――――――




 戦場にて

 ――"青年" の目の前

 <同じ時期にドラフトされた仲間>

 が敵に攻撃される。




 倒れる――立ち上がらない。




 "青年" は――駆け寄る。




 壁がある所まで――その身体を引き摺っていく。




 悲鳴など、ない。




 少し離れ、放電する音が


 「ビビビビビ………」


 「ビビビビビ……」


 と、する。




 見下ろすと、


 傷つき――苦しむ仲間の顔。




 「…動かねぇ」




 歪んだ唇から漏れる――呻き(グローン)。




 「……動かねぇぇぇんだ!」




 途切れ途切れの――喘ぎ声。




 そして――




 「………ちっくしょうがぁ!!」




 血の”赤”は、ない。




 乾いた風。




 ただ――苦悶アゴニーこそが在る。




 そして自然は、苦しみを吹き飛ばす力を持たない。




 ―――――――――――――――――――――――――




 石に乗って宙に浮き

 宙を滑らかに横切る "青年" は、

 すぐに

 頭を切り替える。




 "青年":

 《#ワルツ#で

  ――ストーンを蹴り過ぎないで……

  #スパイラル#。

  右足を上げたまま…

  ――110度……

  ――110度………

  で、減速したストーンを――

  キャッチ……》




 音楽はまだ終わらない。




 スケートもまだ、終わらない。



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