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荘厳なる少女マグロ と 運動会

 "マグロ" が

 "姉" の実力を

 見せつけられていた

 柔軟ルームには

 ――数は少ないが

 選手が残っていた。




 その中にひとり――青年がいた。




 "青年" は、

 ”重力スケート”の

 選手であった。




 "青年" は

 ――部屋の隅で

 柔軟を終えた後も

 ――宙に手を上げ

 手を動かしていた。




 手を胸から横に動かし…

 ――何もない空間に向かって

 薙ぎ払いのポーズを取ったり

 ――誰もいない場所に向かって

 空手チョップをしたり、

 していた。




 その腕の動きは、柔軟の為ではなかった。




 映像ゲームを楽しんでいるのだ。




 ―――――――――――――――――――――――――




 昔から、映像ゲームを子供は好むものだ。




 現代では、

 網膜に光を直接当てて

 目に3D型のゲーム世界を映ずる方法が一般的であった。




 光によって、

 目には

 <実在しない物>

 が映し出される。




 これは

 ――昔話に出てくる様な

 幽霊や妖怪などという話ではない。




 ゲームソフトを起動すると、

 幻影の様なホログラムが目の前に現れ、

 空間に物が

 <在る>

 様に見える。




 何もない場所に

 ”在る”様に見えているそれに向かって

 ゲームのプレイヤーは、

 様々な事をする。




 身体を動かしながら。




 その時に為される

 足や手の動きと連動して

 ゲームが遊ばれる――

 そんな仕組みができていた。




 つまり、

 <ゲームと現実世界が溶け込んでいる>

 という状況が在った。




 別の言い方をすると、

 <現実世界では利用されていない空間を利用して、

  ゲームをしている>

 というものであった。




 多くの者は

 ――その際

 光を目に当てる方法で、

 ゲームを遊んでいた。




 因みに、

 光を目に当てる手間を省く為、

 脳に映写装置を埋め込む者も

 ――少なからず

 いた。




 ただ、

 スポーツ選手の多くにとって

 目や脳は大事なものであったから、

 <危険の可能性が0ではない>

 そんな方法を使ってゲームをする

 という選択肢を取る者は少なかった。




 それらは

 旧式の眼鏡グラッシズを着用して、

 ゲームを遊ぶ道を選ぶ傾向にあった。




 光を当てる方法程

 映像のリアルさは保証されないが

 ――それでも

 同じ事は出来るから。




 ―――――――――――――――――――――――――




 グラッシズを身に付けた "青年" は

 ――柔軟ルームの隅で

 ブロック崩しのゲームをしていた。




 目の前の現実的空間に

 ――上から

 架空のブロックが落ちてくる。




 実際に誰かが

 そのブロックに

 押しつぶされる事はない

 ――怪我はあり得ない。




 ブロックは地面に落ちたり、

 宙に浮いたまま止まったり、

 積み重なったりする。




 それを手を使って並べ

 ――色や形を揃え

 消す事で得点が貰える。




 得点が貰えたからどうなるという話でもないのだが、

 ゲームがホログラム形式を取る前から

 多くの

 ――人間の

 子供が


 <ブロック崩し>


 の様な単調な作業を好むという現象が

 不可思議でもなんでもない事は

 歴史が示している。




 そんなブロック崩しゲームは、

 <怪物退治の冒険もの>や

 「格闘ゲーム」などと違い、

 身体を使う必要があまりなかった為に

 スポーツ選手に愛された遊びであった。




 ―――――――――――――――――――――――――




 その "青年" は、手を振り回していた。




 動きには、キレがあった。




 手を動かす度に、ブロックが消える。




 ただ

 ――ブロック

 それが

 "青年" の見る全てではない。




 視界の隅で、

 コーチが練習場へやって来た事も

 見えていた。




 その "青年" は

 ――他人の邪魔にならない様に

 部屋の隅に座っていたが

 ――人が数少なくなったのを確認すると

 立ち上がった。




 そして、部屋を出て行こうとした

 ――ゲームを続けながら。




 ”重力ストーン”は、その手にはなかった。




 "青年" が

 柔軟ルームの出入り口であるドアを開けた時、

 背後に人がいるのが見えた。




 ゲームを中断させる

 ――直ぐに

 ――目に映し出されていた

 ――<架空ブロック>

 ――が消える。




 現実だけを見せる

 透明な眼鏡グラッシズのレンズ越し――




 少女がいた。




 部屋の中――存在していた。




 少女は、

 胸の前に”重力ストーン”を二つ抱え、

 立っていた。




 何も言わず――上目遣い。




 "青年" は、眼鏡グラッシズを額に乗せた。




 相手の感情は読み取れなかった。




 "青年" は

 ――ドアが閉まらない様に

 手で抑えた。




 そして

 ――ジェスチャーで


 「ドアを押さえておくから

  早く出ろ」


 と示した。




 言葉は、なかった。




 ―――――――――――――――――――――――――




 それは、

 <レディーファースト>

 ではなかった。




 男女は平等である事が、当たり前の時代であるから。




 それは単に、

 同じ人間への

 <思いやり>

 だった。




 ―――――――――――――――――――――――――




 少女は頭を下げた。




 そして

 ――ドアを押さえる

 "青年" の脇を、

 すり抜けようとした。




 石を二つ抱えた少女の肘が、

 "青年" の

 ――まっすぐ伸びた

 腕に触れた。




 放電した様な――ビクつきが在った。




 汗臭さを誤魔化す、

 柑橘系の香りが――




 した。




 少女は後ずさった。




 そして

 ――距離を取ると

 ――立ち止まり

 頭を下げた。




 "青年" も、頭を下げた。




 "青年" は手を自由フリーにした。




 ドアが――閉まるがまま。




 "青年" は、眼鏡を掛ける。




 そして

 ――ドア閉まりきる前に……

 ――全体練習に参加する為………

 自分の”重力ストーン”を取りに向かった。




 振り返らなかった。




 歩きながら、

 自由フリーな手を振り回していた。




 指揮者の様だった。




 ブロック崩しゲームを指揮する者の背中を、

 少女は見つめていた。




 その鼻には――柑橘の残り香。




 "マグロ" は、恋に落ちていた。




 そして――




 恋に落ちた "マグロ" の横顔を、

 重力ストーンを二つ胸に抱えた "姉" が、

 見つめていた。



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