荘厳なる少女マグロ と 運動会
"マグロ" は、
"母親" に付き添われた "姉" が
柔軟ルームに
――再び
入るのを
見届けた。
"マグロ" は
――そのまま…
スペースリンクに戻り、
練習を再開しようとした。
すると、ブザーが鳴った。
見ると――
リンクにいた選手はすべて、
滑走を止めていた。
休憩時間なのだ。
"マグロ" は
――ストーンを抱えたまま……
柔軟ルームに入ろうとした。
ただ………――
気が進まなかった。
そこでは、"姉" の<実力>を見せつけられるのだ。
それも――嫌という程。
自分が
「出来ない」
事を思い知らされるのだ。
"マグロの姉" は、
「ピーコックステイル」
の使い手であった。
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”重力スケート”に於いて、
勝負は
<手堅く狙い>
<リスクを極力犯さない>
者が勝つ傾向にあった。
そこで重要になるのが、<加点>だ。
”重力スケート”の加点は、
主に<角度>から算出される。
例えば、スプリットという技がある。
重力ストーンに乗って宙に浮かんだ選手が
空中で両足を真横に離し、
股裂き(開脚)のポーズを取りながら
まっすぐ滑り続ける技だ。
現代の”重力スケート”のルールでは、
<股の間の角度>
――右の太腿から
――左の太腿まで間の角度
が、110度未満の場合<スプリット>は認定されず、
角度が120度以上だと”加点が付く”
そんな仕組みになっている。
そんな中、選手は
――どんなに身体が硬い方でも
――世界レベルで戦う者は特に……
<スプリット>の角度に於いて
最低120度は得るものだ。
それが出来なければ
――どんな試合でも
表彰台入りを狙う事は難しい。
"マグロの姉" は、
この<スプリット>という技の角度に於いて
200度を越えた記録を出した。
アイススケートの様に、ブレードの付いた靴を履いてではない…
――宙に浮かんだ石に爪先を乗せたまま
――200度足を開くのだ。
何年か前に
身体の柔らかさを売りにして世界選手権を勝った
東欧の有名シニア選手でも、
190度前後が最高であった。
”重力スケート”界全体を見渡しても、
180度を越える選手は殆んどいないにも関わらず――
それは脅威的数字であった。
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因みに、加点は角度1度につき1%である。
<スプリット>の基礎店は7点であるから、
角度120度が認定されると、7.07
121度は、7.14
前年の試合で
"マグロの姉" は、
「204度」を弾き出したから
12.95点を得た。
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勿論、人工知能による<角度>の測定は、常に論争を呼んでいる。
人工知能だって完璧ではありえないから
画像の恣意的改竄を行う事があるし、
遠隔操作される危険性もある。
ただ――昔よりマシだ。
大昔の映像を見ると
――<スプリット>ではないが……
ある世界選手権を優勝した選手は
ただ両手を上に挙げただけで
<背面屈折>
と認定されているケースがある。
その当時は
――今と違って
映像形式は2Dである為、
分析が完璧とは言えない事を踏まえながらも
人工知能にその選手の演技を解析させると、
その選手が作った
<背面屈折>の傾斜(肩から踝までの角度)は
平均160度位しかない。
その、
無駄に手をひらひらさせてバンザイしているだけの160度が
背を
――110度
反らせた者と
<同点>なのだ。
<スプリット>のケースもそうだ。
142度開く者の<スプリット>と
90度程度を行う者の<スプリット>が
「同じ技だ」
として
「同じ点数」
で換算されている。
古語に
「どんぶり勘定」
という言葉があるそうだ………
――「どんぶり」
――つまり椀
――に入れた物を
――量が
――多かろうが少なかろうが……
――何でも「1」として数え
――例外は認めない
――そんな手法の事だ。
昔のスケートは
――将に
その測定方法を用いていた。
それよりは
――今の時代は
――まだ
マシである。
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因みにその、
"マグロの姉" が成功させた
200度を越えるスプリットの形が
「孔雀の尾羽に似ている」
事を
”重力スケート”を調査していた小説家
が指摘した事から、
「ピーコックステイル」
という綽名が付けられている。
それこそが――"マグロの姉" の得意技と云えた。
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