荘厳なる少女マグロ と 運動会
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"ライバルコーチ" は
足を
上げていた。
そして…――
下げた。
踵を地に打ち付ける……――
そして
<爪先>。
足首を回す。
空を蹴る様に………――突っ張る。
反らされて、
白鳥の首の様に見える
爪先。
後ろへ……――蹴り上げる。
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ゆったりとした…――動き。
流動的な……――動き。
トランジション………――たっぷり。
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その様、
準備運動の如し。
足で
拍子を取っている……――
その様にも
見える。
駅のホームに立つ
バレリーナの様にも
見える。
異常な動きには
見えない。
その動きには
規則性があった…――
が、
"ライバルコーチ" の動きに
秩序は
見られない……――
単なる
<重力スケートファン>
の目には
見えない。
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"ライバルコーチ" は
自分の足を見ていなかった。
空中に浮かぶ
静止画を
見ていた。
ただ………――
見ながら
見ていなかった。
フォーカスは
目に映るものに
なかった。
<観客席>
には
目を
向けなかった。
見ず、
指を動かさず、
足を動かし続けていた。
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会場にいる大勢は、
その足の動きを
見ていなかった。
見ても
関心は
すぐに
他へ
向いた……――
欲の
赴く
ままに。
ただ…――
中には
<例外>
がいる。
ただ……――
"ライバルコーチ" の爪先を
見続けている者が
いる。
それも………――熱心に。
”重力スケート協会”
の協会員の中に……――
ひとり。
外国人の中に…――
ひとり。
評価されずに
拗ねた
"鼈" へ
――親の様に
ケアを与えた……――
"外国人"。
観客席に座り
膝に肘を付き、
指を
胸の前で
組んで………――
見ていた。
"ライバルコーチ" を
見ていた。
他人には
――その人は
<スペースリンク>
で行われている
<公式練習>
を見ている様にしか
見えない。
”宙を何気なく見ている”
としか
見えていない。
ただ
"外国人" は
"ライバルコーチ" の
足の動きを
見つめていた。
ぼんやり見ている様で
はっきり見ていた。
その "外国人" は、
"ライバルコーチ" の足の動きが
<暗号>
である事を
理解している。
ダミーがたっぷり入り
無秩序に見える
足の動きは、
”意味”
を示していた。
それは……――
「サクセンヘンコウ」
「サクセンヘンコウ」
「カンシノカノウセイアリ」
「タイキメイレイ」
「レンラクヲマテ」
それらテキストは――
<"マグロ" の母国にとって
”敵国”
に当たる国で
――昔…
使用されていた暗号>
――それによって
組まれていた。
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"外国人" は、
理解していた。
ただ……――
理解している事を
公に
示さなかった。
「みんなと同じ」
――フリ。
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"外国人" は
敵国人では
ないのだ。
<元・敵国人>
なのだ。
若い頃に
移民として
欧州に渡り、
国籍を
変えたのだから。
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