荘厳なる少女マグロ と 運動会
そこで――
"怪人":
「大丈夫ですよぉぉぉ…。
事情は
存じ上げて
いますからぁ……。
わたしに
隠す必要はぁ………
ありまぁ……
せんんん…」
"ライバルコーチ" は
相手の良く動く唇を
見つめていた。
意識に
過去が
甦って
来た。
―――――――――――――――――――――――――
"ライバルコーチ":
『隠す事は
ないよ。
”絶対に”
秘密は
守るから!
それに……――
はっきり言ってくれないと、
守るものも
守れない!!』
―――――――――――――――――――――――――
目の前で
人間が
倒れていく。
同じ国に産まれた者達が
倒れていく。
それまで
二本足で立ち、
力強く
活動的だった者達が
「………patter」
「patter……」
と倒れていく…――
崩れていく。
叫び声はない――
ただ低い呻きだけ。
お喋りはない……――
意志の疎通はある。
倒れた者達の
頭の上を………――
飛んでいた。
”ABEE”
が飛んでいた。
次の獲物を
探していた。
倒れた者達の鼻音が、
羽音の様に
聞こえた。
どこの戦場でも展開してる――情景。
若き頃の
"ライバルコーチ" は
隅に
座っていた。
"ライバルコーチ" は
震えていた。
ただ
――他の者と違い
痙攣して
いなかった。
場を征圧しようとする
”ABEE”
は、
"ライバルコーチ" を
襲わない。
"ライバルコーチ" を
避ける様に、
飛んでいた。
"ライバルコーチ" は
ひとり
座っていた。
皆が見ていた。
口から泡を吹きながら……
――体液を穴から零しながら…
見える者達は
見ていた。
場に、赤は欠如していた。
粘液が、
倒れた者達の体表を
伝い――
落ちる。
穴から
直接
「……putter」
と
垂れ落ちて――
地を
濡らす。
それぞれ
バラバラだったものが
合わさる――
巨大化する。
倒れた者が輩出した
液体の集合体が
水溜りの様に
地に
在り………――
若き "ライバルコーチ" の方へと
流れていく。
近づいていく。
さらに……――近づいていく。
己の分布領域を
広げながら。
"ライバルコーチ" は避けた。
粘液は
追ってくる。
"ライバルコーチ" は避けた。
隅に座っているために
避けきれない。
爪先が…――触れた。
"ライバルコーチ" は
濡れた爪先を
宙に浮かせ……――
払った。
追ってきたものを
<けがらわしいもの>
として、
振るい落とそうとした。
バブルが飛んだ。
宙を飛んだ。
液体を払い除けようとする
"ライバルコーチ" の爪先は
<別れの挨拶をする手の動き>
に似ていた。
バブルは落ちた………――
死んだ目を持つ
生者の上に。
その者は倒れたまま――見ていた。
"ライバルコーチ" を――見ていた。
その者だけではなかった。
その場にいて
見る事が出来る者は
皆
"ライバルコーチ" の姿を
見ていた……――
痙攣しながら。
「U…」
「U……」
――と呻っていた。
泣き声に似ていたが、
その時
泣いている者は
いなかった。
手が
揺れていた。
小刻みに
左右に
揺れていた。
鈴蘭の様だった。
縋る様に
"ライバルコーチ" を
見つめる者は、
ひとりも
いなかった。
感情は、
見えなかった。
ただ………――
みんな
――見ていた。
仲間だった者を
見ていた。
裏切り者を
見ていた。
密告者を
見つめていた。
―――――――――――――――――――――――――
"怪人":
「いくら
あなたが
あの国のご出身でもぉ……
今は同じ
<国民>
ですからねぇ…。
たとえ
あちらの国と
我が国が
戦争状態にあるとしてもぉ……、
あなたは………
もう……
あちらの国とは
何も関係がない
筈ですからぁ…――
ね?」
―――――――――――――――――――――――――
"ライバルコーチ" が
選手として現役だった頃……
――それも
――”重力スケート”
――のシニアに上がった頃………
世界中の
”重力スケートファン”
が、
その人を
「カンジが良い!!!」
と褒め称えていた。
"ライバルコーチ" を
嫌う者は
限りなく
少なかった。
その人が
褒められる場所は
言うまでもない……――
爪先。
よく曲がる…――
<爪先>。
大勢にとって、
仲間を売って
蹴落とした
その
<爪先>
が、
「見目麗しい」
評価対象
なのだ。
―――――――――――――――――――――――――




