荘厳なる少女マグロ と 運動会
母親は腕組みをしていた。
"マグロ" と目が会うと…――手招きをした。
外見から、<怒り>を読み解くのは容易かった……
――感情メッセンジャーは
――必要なかった。
"マグロ":
《ヤバ………》
「ヤバ」とは
「ヤバい」の略語で、
「ヤバい」とは、
<大変な事(否定的出来事)が起こっている状況が在る>
事を指す古語であり、
人気のあるアニメで使用されてから、爆発的に広まった言葉だ
――子供達の間で。
"マグロ" は力を抜いた。
"マグロ" の足の下で、
重力ストーンは
――少しの間……
宙に留まっていたが
――すぐに
落下を始めた。
"マグロ" は、石の高度を下げるがままにさせた。
宙に走った
一本の発光色の青いレーザーが
"マグロ" の身体に当たり
――順々に
染めていく。
空港で
不審物を持っていないか調べる
<スキャニング>
の様だった。
地面へと
「ゆっくり…」
降りていく "マグロ" 脇を
――またひとり……
――スピンジャンプに失敗した
選手が落ちて行った。
そして
――選手から遅れて………
石が
――二つ
落ちて……――
行った。
"マグロ" が地面に着く前に、
その選手はもう
――体勢を整え
飛び上っていた。
目線を上空に向けて。
下を向く事などない…――
たとえ努力が
――必ずしも
結果に結びつかない事が
わかってはいても。
"マグロ" がリンクの最下層に到達する。
すぐにストーンを抱えて――リンクを出た。
―――――――――――――――――――――――――
"マグロ" は
――皆が見ている前で
"母親" に叱られた。
"母親":
「あんた、こんな時期に何て事をしてくれたの!」
親からの肉体的虐待は、なかった。
"母親" は、
"マグロ" が学校で喧嘩した事を
――既に
――詳細に
知っていた。
"マグロ" の教師が、連絡をしていたのだ。
"母親" はヒステリーを起こしていなかった
――冷たい
――苛立ち。
人差し指が、腕で箔を取っていた。
"母親":
「喧嘩がイケない事だってわかってるでしょう!!?」
"マグロ" は頷く。
しかし――
"マグロ":
「だって……」
言い訳がたくさん在った
――言い訳をしようとした。
ただ――遮られた。
"母親":
「亀だって死んでいないんでしょう!!!?」
説教は続いた。
―――――――――――――――――――――――――
元々、
"母親" は、
"マグロ" が飼育係になった事を
――手放しで
賛成していなかった。
「亀には病原菌がたくさんあり、
飼っていると病気になる」
母親は生物学の研究者ではなかったから、
それは風説であった。
ただ、それは必ずしも間違っている訳ではなかった。
ただ、亀飼育者の誰もが
――常に
――必ず
健康を害するという訳でもない。
それでも "母親" にとって最も重要な事は、
<子供に降りかかる危険の可能性を排除する事>
であった。
だから、
そんな
「亀を守る為」
という "マグロ" の主張が
ピンと来ていなかった。
勿論、生物が死ねば、あまり良い気はしないだろう………
――しかし
――子供を危険に晒される位なら
――"母親" は
――「生き物の犠牲は仕方がない……」
――と考える思考傾向を持っていた。
―――――――――――――――――――――――――
そんな "母親" は
――"マグロ" と "少年" の間で生じた喧嘩について
説教を垂れてから、
娘をなじり始めた。
攻撃の的は、主に
<"娘" の性格について>
であった。
ただ "母親" は
――昔の親なら
――誰もがそうしていた様に…
娘に
<女の子らしく振る舞う事>
を求めなかった。
時代がもう……――そうだった。
喧嘩について、
「女の子なら、そんな事はしません!!」
という理由ではなく
「怪我をして、大変な事になるからやめなさい!」
というスタンスだった。
―――――――――――――――――――――――――
因みに………――
丁度同じ時期、
「孫に
<女らしくないから>
という理由で
木登りを禁止させた祖母が
<子供の自主性の育成機会を損った>
という理由で
孫本人から訴えられる」
というニュースが在った頃だ。
そのニュースを耳にした時、
大勢が
「いくら孫が”女”だからって云って
木登りを禁止させるなんて
いつの時代に住んでいるのだ?」
と首を傾げる
――そんな時代であった。
―――――――――――――――――――――――――
"マグロ" は "母親" の説教を聞きながら――
聞いていなかった。
寧ろ――
"マグロ":
《どうしてお母さんは
わたしの身体を
心配してくれないんだろう……?》
"マグロ" の "母親":
「とにかく
大会もあるから…――
○○君 ["少年"] のお母さんとは
『問題にはしないから』
って話したけど……――
とにかく………――
時期を考えなさい!!
わかってる?
週末には試合なんだからね!!!
――本当にわかってるの?」
そこまで話してから
――母親は
――付け足す様に
<"マグロ" の体調を案じている事を示す言葉>
を投げた。
"マグロ" は
「大丈夫」
と告げた。
実際――深刻な怪我はなかった。
"母親":
「とにかく、お姉ちゃんが……」
その時だった。
"マグロ" は
――遠くから
<金切声>
を聞いた。
「ママ!!」
「ママ!」
"母親" は
――瞬時に
"マグロ" に
背を向けた。
そして…――歩き去った。
"マグロ" は "母親" の向かう先を見た。
そこには
――まさに
<生きた”妖精”とはかくあるべし>
という具体例が存在していた。