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いきなり最終決戦(トドメのみ)

作者: 豹炎

 異世界トリップ、憑依、転生。よくあるネット小説テンプレート、一種の舞台装置となっている現象。この現象がテンプレートと言われるほどに作者に起用されやすいのは、一重に読者の感情移入しやすい現代社会の人間をファンタジー世界に持っていくのに便利なものであるという理由が一つなのではないだろうか。

 そしてもう一つの理由、それは前述した通り舞台装置――、つまりそう言う現象が起こることに理由を求める必要がない、つまる所深く考えずにそれらの現象が起こったところで一種の『暗黙の了解』ということで読者側に簡単に納得して貰い物語に入り込ませることが出来る。つまり身も蓋もない話が書く側は非常に楽なのだ。


 ただこれ等はいわゆるメタ視点を持つ者達だから納得できるものであり、実際に体験する側となると理由もなく説明もなくネット小説の大人気テンプレートをしたとすると、前知識があろうが混乱するだろう。と言うより混乱する。と言うか混乱している。


「その聖剣で全てに終わりにしてくれ、タクト!」

「よし、魔王にトドメを刺すんだ!」


 さて、突然だが――本当に突然だが、俺はいわゆる憑依と言うものを体験したらしい。どれだけ突然かと言うとコンビニに買い物へ出かけたと思ったら、見覚えのない剣を握り、視界の端で物騒な声援を送っている人間の体にゴリラの頭部が生えた様な大男とフードを被った不審人物の言うことが正しいのならば魔王なのだろう、ところどころ服が破けた銀髪ボンキュッボンの美少女に剣先を向けていると言えばわかるだろうか。

 旅立ちの前に仲間たちといろいろ決意し合った記憶もなければ、道中の困難を潜り抜けた記憶もなく、それどころか戦闘の経験すらない。ここまで言えば分かるだろう。魔王城の謁見の間らしき場所で魔王にトドメ刺す寸前でどうやら俺は憑依したらしい。


 憑依するにも、もうちょっとタイミングってモノがなかったのかよ! 止めを刺すタイミングで憑依ってどういう事だよ!? 何なんだこの山道は他人に歩かせて自分は背負われて、頂上直前で背中から降りて全力ダッシュして山頂からの景色を楽しむ一歩前みたいな状況は!? 何をすれば良いのか訳分からんぞ。いや、美少女な魔王様を殺せば良いことは分かるけれど、こちとら人の生き死にからは遠い平和な日本生まれの日本育ちの日本人、魔王(仮)と言えど人型をした生物殺せるような思い切りなど持てない訳で。

 魔王がそれこそ蚊とか蠅みたいな羽虫の姿をしていれば、手に握っている剣をハエ叩きの要領で叩き込めただろう。羽虫の姿をした魔王って言うのは威厳がない気がするが、いや、人間大の蠅は顔とか結構怖いと思うけど。

 と言うかマジで可愛いな魔王様(仮)。最終決戦直前の勇者世界の半分をやろうみたいな問答があったら、世界の半分ではなく貴方が欲しいとプロポーズして寝返りとか出来たのに、もう今更寝返ろうが好感度-固定みたいな現状じゃ基本的には今更寝返ろうがどうにもならないと思うのだが――、


「どうして剣を振らないんだ、タクト」

「まだるっこしいことしてないで、サッサと魔王を殺せ! 人質もいつまでも抑えられる訳じゃねぇ、自害するかもしれないだろうが!!」


 ん? 今魔王を倒しに来た者として有るまじき発言をしたような気がするぞ。とんでも発言をした不審者の方を見ると、不審者がファンタジー世界にはお約束のオークの首にナイフを突きつけていた。なんでオークが人質やってるんですかねぇ……(震え声)。

 なんかもいろいろぶっ飛んだ光景に内心で驚愕していたのだが、


「おのれ勇者共卑劣な手を――、お父様が人質になって居なければこのような無様……」


 あのオークはお父様かよ!? そして、俺はどうやら勇者一行の一人らしい。うん、もういろいろな事情は置いておき、いい加減どうするかを考えよう。

 魔王様(仮)を殺す――却下、人を殺すとかありえない。非常時だし人間じゃないらしいし問題ないよねって意見はあるかもしれないが、平凡な日本人な俺の精神衛生のために却下。あと魔王様(仮)に一目惚れしたので個人的に選択肢から除外。それに真面目な話、例え――億分の一も有り得ないがあの美しき魔王様(仮)を殺したとしよう。魔王には配下が居るのに無事に城から脱出して逃げられるだろうか? 答えは否、無理であろう。憑依前のタクトと呼ばれる勇者(暫定)なら出来るのかもしれないが一般ピーポーな俺に数の暴力は恐ろしい脅威以外の何物でもないので却下である。

 第二に脇目も漏らさずに逃走する選択肢もある。あるのだが、やはり懸念となるのは配下による数の暴力。正直な話、某国民的RPGの顔役モンスターである軟体モンスター相応の雑魚モンスターが出て来ても恐らく俺には脅威だ。正直俺が一般人過ぎて、隠しダンジョンの裏ボスだろうがゲームのチュートリアルにでるモンスターだろうが、一方的に殺されるだろう点から考えると脅威度に差の開きが存在しない。むしろ強すぎて手加減しても苦しまずに一瞬で殺されるであろう裏ボスの方が俺としては嬲り殺しにされるチュートリアルモンスターより良心的だ。


 故に第三の選択肢、魔王様(仮)を味方に引き込むという常識的に考えればもっとも難易度が高いであろう選択肢を選べるのだ。どっちみち殺される可能性が変わらないなら――むしろ数の暴力として配下に襲われる方が死ぬ確率が高いため、敵の親玉を説得さえできればその後の心配をする必要がない選択肢の方が良いよねと言うことである。


「勇者共め! 大義を歌いながらその実、やることと言えば私を人質にして娘を脅す始末」

「ケケケそれがどうしたよ。薄汚い魔王のお父上様よ」


 なんか思考している間に展開は進んでいるようで、不審者は悪役ムーブで魔王(仮)のお父様の頬にぺチペチとナイフをひけらかしやって居ることが完全にチンピラである。ちなみにゴリラはその状況を見て何やらゴリラに似た顔を歪ませて考え込んでいるようだった。もしや、この状況第三の選択肢に進むのに使えるかもしれない。


「悔しいよなぁ~~。自分の失態で人質に取られた挙句、娘が嬲られる姿を見なきゃいけないのはよぅ。ざまぁ、ないぜ!」

「くっ、殺せ! これ以上娘の枷になるつもりはない!!」

「やめて下さいお父様! 私が必ずお父様をお助けします……だから諦めないで!」


 オークがくっころ言うなし。お前言う側じゃなくて言わせる側だろう。何だこの状況、ツッコミ所が多すぎる。ツッコミ所を抜きにしたら、親子が互いに想い合う絆が確認し合える感動のシーンかもしれないけどさ。それを展開しているのが魔王で、その魔王の父親がオークなのが何と言うか素直に感動できなくしている。

 だがこの展開は俺の生存ルート確保に都合の良い展開だ。ゴリラは不審者の行いにあまりいい感情を抱いていないようだ。もしかしたらゴリラは獣人とかで魔族であろう魔王たちが人間によって卑劣な行いをされているのが気に食わないのかもしれない。ならば俺の都合の良い道筋に持っていく演技をして、俺の心の安寧得るしかない。


 とりあえずはゴリラをこちらに引き込む。


「どうして、こんなことになってしまっているんだろうな……」


 心底、心底嘆いていますと言った感じで悲観した声色で俺は呟く。取り敢えず現状を嘆いていますアピールして場に誰かが反応するのを持つ。更に言葉自体を俺の本心を口にすることで嘘をなくし、説得力を向上させる。と言うか本心からこのカオス過ぎる現状が気になっているから、口にしたことは嘘にはならない。悲しげな雰囲気を纏って言葉にしたから受け取った方は違う受け取り方をすると思う。


「おいおい、タクト怖気着いたのか。そこで不満顔しているゴリアーデ王子の反対を押し切って人質を押したのはお前じゃないか。魔王の暗殺依頼を受けた勇者の言葉とは思えないぜ」


 速報――勇者タクトは暗殺者だった。おいぃぃぃぃぃ、人質作戦提案したのは勇者かよ!? しかもサラッとゴリラのこと王子とか言ったよね!? なんで王族が暗殺現場に来てるんだよ、つうかゲームとかだとやって事はまさしくその通りだけど、勇者が暗殺者とは身も蓋もないな!


 いや、だが落ち着くんだ俺。これで状況が大方把握できた。俺の身体の持ち主は狡猾、ゴリラ王子は心が綺麗、不審者はチンピラ。スケープゴートはこれで決まった。不審者、お前の言動がチンピラだったことを恨むんだな。

 後はノリと勢いと張ったりですべてあいつが悪いんだと押し付けて、ついでにゴリラがこの場に居る状況も利用してやる。


「あぁ、怖気づいたさ。俺は人に害成す悪鬼を殺せると思って勇者になったんだ。だがこれは何だ、互いに親と子が想い合い魔王が人に一方的に嬲られる様は」

「人質を提案して嬲った張本人が良く言うぜ。それにタクト、お前が勇者に志願したのは魔王の懸賞金目当てだったじゃないか」


 タクトェ……、お前は株を幾ら下げれば気が済むんだ。断片的に聞いたら即物主義にしか思えないぞ。だが、この際、外道暗殺勇者タクトのことは脇に置いておく。俺が考えなければいけないのはタクトがしてきた現状で判明している行動を伏線にして俺の目的を達成することだ。


「ゴリアーデ王子、貴方はこのような卑劣な行いで魔王を討つことをどのように思う」


 チンピラ不審者は置いておき、本命のゴリラ王子に話を振る。


「本心としては今でも反対と言わせて貰おう。だが、魔王の力が強大なのは確かだ。危険を被り汚れ役を受けたタクトに俺の個人的な我が儘に付き合わせる訳には行かないと思っている。

 だからタクト、決戦前も言ったが俺としてはお前が卑怯な行いをしようと何も言わない腹積もりは決めた。

 ナバーナ王国の第三王子ゴリアーデとして、勇者タクトの行いは私の知る物として私も被ろうと思っている。」


 おい、ゴリラなのに何でこんなにカッコイイの王子。ゴリラ顔なのを差し置いても言動がイケメンすぎて、ちょっとジェラシー感じちゃったんですけど。だが言って欲しいのはそう言うことではないのだ。


「王族に対する不敬を承知で言おう。ゴリアーデ、俺が聞きたいのはそんな本心を隠した言葉ではないのだ! この親子が良いように傷つけられる様を見てお前は何思ったんだ!!」

「タクト、お前どういうつもりだ!?」


 不審者チンピラが口を挟んできてちょっと怖いけど、ゴリラ王子への言葉を中断する訳にはいかないので無視して問答を続ける。


「王子の立場とか、魔王だとか関係ないただこの二人を見て、ただのゴリアーデは何を思ったんだ!!」


 さてここで、俺は本意じゃなかったと言え。そしてついでに魔王様の配下に入って保身に走るんだ。――けどさっきゴリアーデの答え的に保身に走るか怪しく思うが、もう手がない以上突っ走るしかないだろう。



「――っ、まさかタクトお前はその為に魔王にトドメ射さずに居たのか!?」

「勇者まさか――」

「この為だったのか……」

「タクトてめぇ……」


 四者四様で何やら俺を置いてけぼりにして納得していた。状況は分からないが取り敢えず不敵な笑みをして肯定して置く。


「この場で俺を和平派にして魔王と和平を結ばせるつもりと言うことか。俺がこの旅について来るように父上、いや陛下に直訴したのはこのためだったのか。

 確かに、この光景を見せられお前もそうしたいと望み、振り上げていた聖剣を降ろすなら俺としては納得せざる得ない。魔王は聖剣でしか殺せない……、故にお前が殺したくないと言うなら俺は納得しよう。俺個人としてもそうしたかった。

 くっ……そこまで、そこまで王国に住む民たちの事を考えていてくれたのか……」


 なんか話が明後日方向に飛び過ぎじゃないか。流石にそんな身に余る計画は考えついてません。あと、なんでゴリラはそんな号泣しているんだよ。心なしか魔王様とお父様まで感動している気がするんだが。まぁ、ゴリラはともかく、まさかの魔王様とお父様がこっちよりになったので、チンピラ不審者に持っていた剣の先を向ける。


「さて、お前は一体何者なんだ」


 と言うかこういう話になってくると、マジでチンピラ不審者の目的に疑問を抱くようになった。正直、ゴリラ王子の民云々の話を聞いた後の魔王様とお父様の反応を見る限り、魔族側は人類との争いに関しては積極的ではなかったようだ。

 俺の演技に対する反応に関しても三人は好意的な反応した。だが、一人だけ俺がゴリラ王子の本音を引き出すことに対して明らかに不都合の様な反応していた。まぁ、魔王の討伐金欲しさとかだろうけど、スケープゴートは決まっているので、裏社会が企てた陰謀論的なモノをでっち上げてチンピラ不審者に押し付けてしまおう。


「知らんぷりはしなくても良いぜ、雇われ暗殺者の分際で俺の正体に気がついてやがったな、タクト……!」

「あぁ、出会った瞬間から知って居たさ」


 一目見た瞬間から金目当てで行動しそうなチンピラだと思っていたよチンピラ不審者。正直チンピラと言うだけでスケープゴートにするのは悪い気がしないでもないが、俺が憑依した勇者の行動が拙かったからにはそれを挽回するための生贄は必須。大人しく俺の安息の為に――


「俺がナバーナ王国諜報部の所属だと、最初から知っていたとはな。単なるバカな勇者気取りのチンピラかと思えば、諜報部を出し抜く程度にはやるって訳か。評価は上方修正してい於いてやるよ」


 お前、国家機関の所属かよ!? しかも王国の諜報部って国王直下の部署じゃないですかー、やだー! と言うか此処に来てまさかのナバーナ王国黒幕説が流れてくるような展開。俺が最終決戦までの経験をしていたら、「まさかあの王国が全てを仕組んだのか!」的な展開になるじゃねぇか!?

 俺が考えた陰謀論が可愛く見える衝撃の真実。国王直下の所属が魔族との和平にケチを付けるとか、明らかに王国は魔族と事を構えたいと言っているようなものじゃないですかー。


「サルサ、お前は父上の手の者だったのか!?」

「相変わらず、人を疑うことを知らないお人好しな王子様ですねぇ。てっきり俺は既に知っていたかと思いましたよゴリアーデ王子。いやはや、民を思うが故に何かできないかと考えることは尊重される意志でしょう。いやはやしかし、身の程は弁えるべきでしたね」

「っ……、父上はそこまでして魔族と戦争がしたいのかっ!!」


 サルサと呼ばれた、チンピラ不審者は言葉こそ丁寧だがゴリラ王子を煽る様に馬鹿にする言葉を並べている。第三王子だから、王国内での立場は兄たちに比べれば低いのだろう。国王が魔王討伐の度に行くことを許可したからには、居ても居なくても良い存在なのかもしれない。

 国王直下のチンピラ不審者行動指針からすれば、もしかすれば国王は厄介払いとしてこんな危険なことをさせて、あわよくばチンピラ不審者に殺させようとか……。マジだとしたらナバーナ王国恐すぎだろ! 一般人の俺には知りたくなかった世界だっての!


「魔族との融和が民の安寧に繋がる。子供が謳いそうなおめでたい理想ではないですか。未だに人間同士とすら争っているのに魔族と共存し、互いに繁栄し良き未来を築く。誰もが嗤ったあの馬鹿な理想を、そこのチンピラに煽られてまたしても語るのですか」


 魔王様が美少女だしなんとかなるんじゃないかなと現代日本人の俺は思ってる。少なくとも俺なら腹黒そうな髭のおっさんより、魔王属性が付いた美少女の方が良いですわ。男なら誰だってそうする、もししなくても俺ならそうする。魔王様も先見の目がない訳ではないみたいだし。

 国益になるからと国民に争いを強いる王様よりは、無駄な争いを回避しようとする王様の方が良いと平和主義の日本人的に思う訳です。魔王様でなくともゴリラ王子が王様ならゴリラ王子に着いて行くのも悪くないと思う。

 そしてこれはチャンスである。チンピラ不審者が魔族と争いたく、ゴリラ王子は魔族と共存の道を図りたい。此処で俺がゴリラ王子に賛同すれば、少なくとも魔王様とお父様から敵対認定は排除できるだろう。


「王子、あんたのぬるま湯の様なおめでたい理想を理解する人間なんてこの世に居ないのさ――」


 キ、キ、キターーー!! ここ、ここのタイミングで、「此処に一人いるさ」と俺がカッコつけて言うことで、俺の死亡フラグは折れて、もしかしたら俺の狙ったタイミングによるカッコよさで魔王様とのフラグが代わりに立つかもしれない。チンピラ不審者に言われたことを自覚しているのか、ゴリラ王子は悔しそうに俯いてしまう。きっと彼の中ではいろいろな葛藤があるのかもしれない。しかし言うぞ、ゴリラ王子の心中など知ったことではなく俺の一世一代の見せ場だ。ついでに来い、我が世の春!

 もしかしたら声が響きないかもしれないので、発言する前に少し深呼吸をして大きな声を出せるに様にする。――しかし、それがいけなかった。


「此処に私が居る!!」


 俺が言おうとした時、凛とした少女の声がの玉座の間に響いた。この場に居る女など一人しかいない。魔王様だ。いつの間にかボロボロの身体を立ち上がらせてふらふらとした足取りでゴリラ王子たちの居る方へと体を引きずるように歩いていた。

 言葉を発しようとして固まった俺、チンピラ不審者を真っ直ぐに射抜く魔王様、魔王様を驚いたように見返すゴリラ王子。お父様とチンピラ不審者は相変わらず、人質と犯人をやっている。俺の一世一代の見せ場になるかも知ればい場面は俺の脳内妄想だけで終わってしまったらしい。ここからはゴリラ王子と魔王様の見せ場だった。


「確かに笑われる様な理想かもしれない。子供の様なおめでたい理想かもしれない。けれど、けれど私は確かにそんな未来があって欲しいと思った。人間と魔族が共にある未来が、次代の子供たちが人間も魔族も関係なく共に遊び、学び舎の一室で教師から共に教えを受ける。そんな光景を夢想してそうあって欲しいと思った」


 魔王様がチンピラからゴリラ王子の方を向く。


「だからゴリアーデ王子、例え困難な道程でも私は貴方と同じ道を歩むつもりだ。貴方は一人ではない、だから顔を上げて前を見てくれ」


 なんでゴリラ王子と魔王様が、謎の主人公ヒロインムーブをし始めた件について。俺と魔王様にフラグが経つかと思ったらそんなことはなく、王子と魔王様にフラグが立っていた。世の中そんなに甘くないってことなのか。そう言うことなんだな。心なしか魔王様がゴリラ王子を見る目が優しく感じるのは気のせいかな?

 いや、待て魔王様のフラグを立てるよりも俺に優先すべきは、自身の生存フラグ。欲張らずに生存フラグを立てるべきだ。


「そうだ。ゴリアーデ王子、貴方は一人じゃない。俺も一緒に着いて行く、だからどんなに困難でも前を見て立ち向かおう」


 じゃないと俺の生存フラグが立たないのでそれは非常に困る。

 ゴリラ王子の方を見て、俺ができる精一杯の爽やか笑顔を向けながら、俺はそんな身も蓋もない事を考えていた。


「タクト、魔王……。――あぁ、そうだな。どんな困難があっても俺は描いた理想を諦めない」

「ちっ、もう腹積もりは決めたみてぇだな。ゴリアーデ今からお前はナバーナ王国の、いや人類の敵だ」


 そう言うと、チンピラ不審者はお父様の上から退いて立ち上がる。そして徐々にその輪郭を薄くしていく。


「元魔王は殺しちまうと、その間に俺が殺されて報告できなくなっちまうから、今回に限り見逃してやるよ」


 そう言ってチンピラ不審者は完全に姿を消して、最後に声だけが玉座の間に反響する。


「タクト、お前は必ず殺す。俺たち諜報部出し抜いたんだ、その危険性から最優先抹殺対象にしておいてやるよ。覚えておけ」


 そう捨て台詞を吐いて、チンピラ不審者は完全に消え去った。取り敢えず俺はいきなり放り込まれた魔王との最終決戦を乗り越えたようだ。

 ふらふらの魔王様をゴリアーデが支え、拘束を解かれて起き上がったお父様は魔王様の元に駆け寄っていく。 

 ぶっちゃけ、いろいろ不味い問題が残ってはいるが、直面した危機に関してはすり抜けたのでほっと一安心するのだった。




 それが三年前のことだ。


「あぁ、今日も空が青いな」


 あの最終決戦の後からいろいろあった。ゴリラ王子と魔王様に元魔王のお父様を交えての談合から始まり、俺のモンスター娘を見ての歓喜など。意外なこと――、と言う訳もなく魔族は種族混成が常識だったため人間である俺とゴリラ王子も平然と受け入れられて、魔族と親しくしていく内に友人と呼べる仲になった者も居た。

 まぁ、良いことばかりではなく、俺はナバーナ王国の指名手配され諜報部につけ狙われたり、ナバーナ王国どころか人類と魔族による戦争一歩前になっていたがそこはゴリラ王子と魔王様がどうにかしてくれたので、俺は特に諜報部から逃げたりくらいしかしていないのだが、特に何かを言われることはなかった。


「タクト、こんなところにいたのか」


 日本では見られない遮る物がない綺麗な青い空を見上げていると、お父様ことご隠居様が来た。最初の方はご隠居様のオークっぷりに内心ビビっていたが、この三年で随分と見慣れてしまった。オークだけど話すとそこら辺のおっちゃんと大して変わらない人だったので意外と話は合うのだ。酒飲みの場で下の話をすれば乗るし、奥さんとの初めての出会いを題材に恋愛レクチャーしてくれたり、今では気が合うおっちゃんと言う感じだ。


「いやぁ、綺麗な空だと思いまして」

「そうだな、雲一つないと晴れやかな空だ。だが、ここまで何もないと空の眩しさが目に痛いな」


 確かに、遮られない太陽の光が空全体に行き渡り少し眩しいかった。それでも、見上げていると穏やかな気持ちになれるので止める気はなかった。


「誇ればいいさ」

「はい?」

「こうして、空を見上げて居られる時間があることをだ。お前が、お前たちが守ったのだからな」


 それはないと思う。俺はこの三年間、剣を握ることもなく事態が解決するまでにひたすら逃げの体勢に入って居たんだから。俺を殺すとか言っていた、既に名前は思えだせないチンピラ不審者も知らない内に死んでいたので因縁の対決的なことすらなかった。

 最終決戦から今までの三年間、何もしてない俺が貰うべき賞賛でない。


「お前はこの三年間戦わなかったから、自分が貰うべき賞賛でないと思っているのだろうな」


 全くその通り、流石に数百年の時を生きるオークだ。人生経験で叶わないためか、俺の考えることは御見通しの様だ。


「だがな、この三年間の戦いはタクト、おまえから始まったんだ。三年前のあの日、お前がゴリアーデの諦めていた理想を再燃させ、リリムとゴリアーデ――、いや魔族と人間が共に生きる道を拓いたんだ。

 戦いは確かに続いた。だが、タクトにとっての最後の戦いあの日だったそれだけだ。だから誰もお前が戦わないことを誰も文句を言わなかった。お前の最後の戦いはあの日に終わっているんだからな」


文字通りいきなり最終決戦に放り込まれて、しかもトドメのみと言う酷さだったけど、俺の人生でもっとも頑張った時だっと思う。あぁ、けど確かにあの冷静になると訳の分からない精神衛生を目的とした死亡フラグの回避が今に繋がっているのなら自分に本能に従って良かったなと思う。


「そろそろ式場に来てくれ、リリムとゴリアーデがお前を探していた。道を交わらせてくれたタクトに礼を言いたいそうだ」


 さて、式場と聞いて結婚式場を思い浮かべた貴方は正解。ゴリラ王子と魔王様は今日結婚する。ちなみに国を挙げての結婚であり、人間と魔族がこれから交わって生きていく証としての政略的意味もあるし、当人同士が好き合って結婚でもある。

 まぁ、なんだ魔王様がご隠居様ではなく奥さん似という所でお察しいただきたいと言うか、ご隠居様の昔話をきいて奥さんの方からおしおしだったらしい。つまり、娘である魔王様は母親からそう言う所も受け継いでいたらしい。因みにゴリラ王子と魔王様、どちらがご隠居様と血の繋がりがあるか前情報なしで聞けば大半がどちらを指すか答えなくても分かると思う。


 性格イケメンで同じ目標を持ち、個性的だが顔も自分好みと来れば堕ちない女はいないということだ。大丈夫、反対の立場なら俺も落ちる自信がある。


「あぁ、どこかに出会いはないかなぁ…」

「今度見合いを用意しようか」

「マジすか!?」

「魔族だけになるが大丈夫か?」

「人間の顔とおっぱいがついてれば問題ないです」


 ご隠居様の苦笑を聞きつつ、もう一度空を見上げる。この空は俺が育った世界には繋がってない。それでも、俺はそれに何かを思うことはない。俺は此処で生きているのだから。

 俺の最終決戦は終わった。人間と魔族の命運を賭けた最終決戦も終わった。ならばきっと世界はしばらく、安息に満たされるだろう。


「のんびりと残りの人生行きていきますかねぇ」


 取り敢えず今は嫁さんが欲しい。そんなことを思いながら、俺はゴリラ王子と魔王様が居る式場へ向かうのだった。




いきなり最終決戦に放り込まれた現代日本人と言う電波を受信して書き始めた本作、脳内プロットとノリと勢いで駆け抜けました。

反省も後悔もなく、書いてて楽しかったです。


以下人物紹介です。


主人公


何故かコンビニに出かけたら憑依した。女の子大好きで可愛い子が居るとすぐに暴走する。

現代日本人なので人殺しとかは無理なので、さっくり振り押せば良い剣を振らないですむ方法必死に考えた。

けど何だかんだでノリと勢いのみで無理矢理押し切る

なんか結果的に最良の展開を引いていたりする。


ゴリラ王子


ゴリラだけどイケメンかつ主人公ムーブをする。特に獣人の血が混ざっている訳でもない。

好物はバナナ。義理の父親と本当の親子に間違われることが多い。

主人公とは仲が良く、結婚後惚気を口にして主人公に壁を殴らせる。


魔王様


銀髪きょぬー。超絶美少女。しかし男の趣味は母親に似た。

ゴリラ王子の精神的イケメンぶりに徐々に惹かれていきゴールイン。

主人公とは良き友人関係を築いている。


お父様


オークだけどくっころ。主人公の最終決戦時は囚われのヒロインをやっていた。

元魔王で魔王様より強いのだが、チンピラ不審者の狡猾な罠に囚われ、力の殆どを封印されてしまっていた。

なんか主人公の理解者的立場を確保し、何故か終わりの方では主人公と最期まで会話していた。



チンピラ不審者


王国の諜報機関所属。国王に魔王討伐の任で勇者と第三王子の監視、元魔王の対処を任せられる程度には優秀。

けどいつの間にか死んでいた。因縁的なモノができていたかと思ったけど別にそんなことはなかった。


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[一言] 適当に言ったら当たっていた所がくそワロタ。
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